帰り道
月日が流れてもいいよね。人間だもの(殴)
あの日から一週間。週の始めはどんな顔をして久代に会えばいいか分からなかった。が、久代はいつもと変わらなかった。
元気に騒ぎ、元気に喚き、元気に笑う、今まで関わってきた久代結だった。
一週間もすれば俺の気持ちも落ち着き、悶々とすることもなくなった。むしろ、一週間前の自分を思い出すと少し恥ずかしくなる。
きっと、これからも俺達の関係は変わらない。そう思っている。
時は流れ、七月に入る。
セミたちは長い下積みの時間から開放され、地上で成体となりそこらじゅうに現れる。雄のセミ達は必死に求愛をしている、まるで思春期の中学生男子のように。中学の時の友人もこんな感じだったっけなぁ、とちょっとだけ感慨深くなってしまう。
ちなみに今はテスト期間の真っ只中だった。
放課後、俺達は図書室にて勉強会をしていた。久代や野上など、部活の所属する者もテスト期間の今は部活が無いらしいので一緒に勉強出来る。
学力は野上と氷室がかなりのものだった。それとは逆に清川と風花、それに久代はイマイチらしい。今は野上が風花の、氷室が清川の教え役になり勉強している。俺は久代の教え役だ。
「ハルっち~……これはどうすればいいんだ?」
「んー、この公式を使ってやってみて」
ぱらぱらと教科書をめくり公式が載っているページを見せる。
俺は野上や氷室ほど学力が高いわけではないが、クラスの中ではそれなりに上位だった。まぁ、中学の時は勉強しか集中出来ることが無かったからな……。
ちなみにギャルゲは別に生き抜き程度だったが、高校になってからはよくやっている。俺の周り、よく考えたらギャルゲと似たような感じだしな。
ハプニングが起こったり、フラグイベントが起こったりしないのが相違点だろうか。
「おぉ。ハルっち、出来た」
「おー」
「……ありがとう」
「俺はただ公式見せただけだぞ? 久代がちゃんとやっただけだ」
「そ……そうか」
飲み込みが早いというか、もしかしたら久代はそこまで学力が低くないようだった。
久代は少し戸惑ったような表情を見せたが、すぐに納得して頷く。
「……」
俺は他のペアを見る。
二組とも真面目にやってるようだ。
「沙夜ちゃん。これって……」
「そんなものこうすれば解ける」
「えぇ……よく分からないよ……」
「分かれ」
「そんな無茶なぁ……」
「ふぅ……仕方ないな、陽菜は」
「ありがとう沙夜ちゃん!」
「静かにしろ」
「あっ……」
氷室は大勢で行動するのが嫌なようだった。実際に今日の勉強会への参加も渋っていた。
しかし、いざ参加し教えるとなると……最初は少し投げやりだが、少しすれば相手が理解出来るまで教えようとしてくれている。
素直で人懐っこい清川との相性も意外と良いようだった。
「野上君。これは?」
「これはねぇ……こうかな?」
「おー、本当だ」
風花と野上は普通に順調だった。時々野上がこちらを見ては変な目配せをしてくる。
目配せの意味が理解できず、メールで聞いてみたらこんな返信が来た。
『ペア、変わる?』
『なんで?』
『御森のペアって普通に考えたら日高じゃない?』
『余計な気を回すな』
『やっぱ、久代がいいの?』
『は?』
『……(ニヤリ)』
この後少し怖くなったので返信はしていない。
だからだろうか、野上がニヤニヤしてこちらを見ている。あの野郎。
野上の前だと嘘を吐いても意味が無い、数ヶ月関わってそれが分かった。
「なー、ハルっち」
「ん?」
「これ分からないぞ」
「これは……ちょっと待てよ」
俺は見せられた問題と睨めっこをし、少し時間をかけて真面目に解く。
なんとか解けたが、これは結構難しいと思った。
「久代、出来……うおっ」
「あっ……」
俺が顔を上げるとすぐ近くに久代の顔があり、お互いに驚く。
「えと、ごめん……ハルっち」
「いや……」
やっぱり近くで見られてたら誰だって驚くと思う。それが久代のような美人だったら更に。
「とりあえずほら、出来たぞ」
「あ、ありがとう」
俺は問題を解いたノートを渡す。
久代はやけに静かな声で礼を言った。ここは図書室だから当たり前かもしれないが、それでも今のは少し変だと思った。
なんか、だいぶ前にもこんな時があったような。
ちらりと野上を見ると、机に突っ伏して震えていた。アイツ絶対面白がってる。後で絶対シバく。
時刻は七時を回る。俺達は勉強会を終え、帰宅の準備をし学校を出る。
外はもう暗かった。昼の熱気がまだ少し残り蒸し暑い気候だ。
ちなみに氷室は一人でさっさと帰ってしまった。清川と野上と俺と風花、それに久代は校門前にいた。
「じゃ、私はこっちだから」
「また明日」
「ばいばい、結ちゃん」
「また明日ね、結ちゃん!」
「じゃーねー」
久代と別れ、俺達は自分達の下校道を歩く。
途中、俺はあることを考えた。
「学校に忘れ物した。先に帰っててくれ」
そう言って踵を返した俺は走り出す。
蒸し暑い空気の中を走り続け、学校の校門の前を通り過ぎる。そのまましばらく走ってると、暗い夜道の先に人影が見える。
「久代!」
「ハルっち!? なんでここにいるんだ!?」
驚いた様子を隠せない久代。そりゃそうだよな。
「よく考えたらお前一人だろ、夏は夜出歩く変な奴も増えそうだしちょっと心配だったんだよ……」
「あのなぁ……私は陸上部だぞ? 変な人がいてもすぐ逃げられるはずだっ」
「それはそうかもしんねぇけど……とりあえず一人にさせとくのもなんか嫌なんだ」
「……ハルっち、私タオル持ってるぞ。とりあえず汗拭け」
「あ、あぁ。ありがと」
そう言って久代が投げたのは柔らかなタオルだった。
それをキャッチし、顔を拭く。その瞬間いい匂いが鼻の中に入ってくる。ふんわりとした甘い匂い。女子特有、とでもいうのだろうか。
「……このタオルいい匂いするな」
「なっ……変なこと言うな! 変態! 匂いフェチ!」
「俺は変態じゃないし匂いフェチでもないぞ」
でもいい匂いするのは事実だし。
「ありがと」
俺はタオルを久代に返す。
久代は無言でタオルを受け取る。
「とりあえず送るよ」
そう言って俺は歩き出す。久代も後から無言で一緒に歩き出した。
しばらく沈黙が続いたが、その沈黙を破ったのは久代だった。
「なぁ……ハルっち」
「ん?」
「どうしてこっちまで来てくれたんだ?」
「さっきも言っただろ……心配だっただけだよ」
「……相変わらず、だな。ハルっちは」
「相変わらず?」
「うん。中学の時から……いっつも世話焼きだったなーって」
あぁ、そういうことか。確かに俺は世話焼きだったし、今でもきっとそうなのだろう。
普段から家の家事を全てしていたことが、大きな理由だと思う。
「まぁ、ずっと家事してたから……今は機会が少し無くなったけどさ」
「……なんかゴメンな。変なこと言って」
「いや、気にしなくていいよ」
「うん……」
また沈黙が続く。途中俺は思い出す。
そろそろ、あの時の場所を通ると。
あの時--久代が普段見せないような表情と態度を見せたあの時。俺をその後一週間ほど悶々とさせた原因にもなった。
久代と帰るのはこれが二度目だ。今日は何もないといいんだけど。
「……じゃ、ここまででいいから」
「あ、うん」
久代は以前と同じ所で別れを告げる。
「じゃな。また明日……」
「あぁ……また明日」
久代は俺の顔を見ては目を逸らし、また顔を見ては目を逸らす。なんだか落ち着かない様子だった。
その様子は、時々見せるようになった普段とは違う姿だった。普段の彼女を知っていると、どうしても彼女が彼女だと思えなくなってしまう。
そのくらい、大人しくてしおらしい久代は魅力的だと思う。
そして今の久代は、頬を赤く染め潤んだ瞳をしている。あの時と同じように。
「……ハルっち。送ってくれてありがとな、これは……お礼だ」
「……………――っ!?」
久代は俺に近づき、俺の頬に自分のそっと唇を触れさせる。
柔らかくて少し熱を帯びた唇の感触が頬から伝わってくる。
一瞬思考が停止した後、俺は我に返る。久代!?
「……じゃな」
そう言い残し久代は走っていく。一度も振り向かず、ただ走っていく。
俺はしばらくその場に立ち尽くしていた。
そして自問自答する。今のは夢じゃないんだよな?
その問いに答えるのは、頬に残る久代の唇の感触だけだった。
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