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「この笛の音は……」
領主館で鳴らされた笛の音は、街中に響き渡っていた。侵入者を知らせる甲高いそれは、建物の中に居るミーニャたちにも聞こえていた。
「あの若い連中じゃな」
「アインデル翁は何が起こったのかご存じなのですか?」
オルタの問いかけに、アインデルと呼ばれた老人は小さくうなずいた。
「知っておるよ。ただ、それは儂ではなく、ミーニャに訊くが良かろう」
「ミーニャ君にですか?」
オルタはミーニャに顔を向ける。彼の瞳に、うつむく獣人族の少女が映った。
賽は投げられてしまった、もう、キキさんとトビさんは後戻りができなくなってしまったと、自分のせいだとミーニャは顔を伏せていた。
二人を助けに行けるのなら、どれほど楽になるだろうか。けれども、それは叶わない。
彼女は獣人族で、種族の壁が邪魔をする。貴族と揉めてしまっては、同族の仲間たちに迷惑をかけることになる。
人間族と獣人族の戦争だけは、避けなくてはならない。
「……ミーニャ君。良ければ、何が起こっているのか訊かせてもらってもいいかい?」
オルタはなるべく優しい口調を心がけ、今にも消えてしまいそうなミーニャに語りかけた。
「………リーリエちゃんが領主様に酷い仕打ちを受けたって訊いて、ミーニャの恩人とお友達が怒って……」
「まさか、それで乗り込んで行ったのかい?」
なんという無鉄砲な輩がいたものだ、とオルタは驚きに目を見張った。
「無理矢理にでも二人を止めるべきでしたにゃ、ミーニャのせいで二人は……」
――――死んでしまうかもしれない。
「ミーニャのせいじゃない、リーリエが弱っちいせい。勇気を出して街のみんなに合いに来てたら、キキとトビは街にこなくて済んだ。だから、」
「そなたらは勘違いをしておる」
唐突にアインデルが口を挟む。
「儂が思うに、あの、若者たちは誰にも止められなんだと思うぞ」
「でも、ミーニャが街に連れてこなけばっ」
「ミーニャが連れてこずとも、あの若者たちならば自力できたであろうよ。なにせ、『ムカつくから、ぶん殴ってくる』と、単純極まりない理由で動く輩じゃからな」
そこまで言うと、アインデルは愉快気に笑った。
「どこぞの元貴族と同じくらい清々しいやつらよの」
「いやはや、まいったね」
オルタは苦笑し、続ける。
「ところでだ、一つ、面白い案があるのだが、聞いてみないかい?」
◆
「館の中には入れるな、追えっ!」
まずいまずいまずいっ、ひっじょうにまずい。
超人のトビとは違い、普通の人間たる俺は、騎士とは戦わずにデッドオアアライブの鬼ごっこをしていた。もちろん、鬼役は騎士だ。
目的は領主をぶん殴ることだから、取りあえず館のほうに向かっているのだが……出入り口から館までは無駄に距離があるため、たどり着く前に俺の体力が尽きそうだ。というか尽きる。
「ああもう、どうすんの俺っ!」
こんなわけのわからない世界で死にたかないし、死ぬつもりもない。
かといって、鎧を纏い、剣を持ったやつらに挑みかかったところで勝てるわけがない。体力が底を付きつつあるため、逃げ切ることもできない。
「ていうか、もうさ。詰んでる、だろうがああああああああああああああああああああああああああああィエアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!」
無理無理無理ぃぃぃぃぃぃいぃぃぃぃいぃぃ、よし、トビに全部押し付けよう。
思うが早く、俺はぐるりと半円を描いて走り、未だ出入り口付近で戦っているだろうトビのほうに向かうことにした。
「キキー、背中斬られたー」
あ い つ は 化 け 物 か っ !
なんと、トビは相手にしていた全ての騎士を倒したらしく、俺に向かって歩いてきていた。頭だけじゃなく、強さも規格外過ぎる。
行ける、あいつに任せればどうにかなるっ。
痛む腹を押さえつつ、俺は必死に走ってトビの傍へと辿り着く。
「大丈夫かキキ? というか凄ぇ声出してたな」
「……うるさい……」
膝に手をつき、荒い呼吸を整えつつ口にした。がしゃがしゃと鉄の擦れる音を背中で聞き、振り返る。
「なんだ、まだ倒してなかったのか? というかオレ、背中斬られたんだよ、見てくれ」
「見せんでいい」
何が嬉しいのか、斬られた背中を見せようとするトビを制し、俺は騎士たちに向きなおる。
どうやら騎士たちはトビを警戒しているようで、半包囲の形をとりながら、じわりじわりとにじり寄ってきていた。
「キキ、後ろからも来たぞ。援軍だ、きっと」
おそらく街に出ていた騎士たちが帰ってきたのだろう。これで囲まれたわけだ、俺とトビは。
「どうする、キキ?」
俺が訊きたいっての。本当ならばトビを焚き付けて力技で突破したいところだが、どうもそうはいかないようだ。
「オレが全部ぶっ飛ばしてやろうか?」
「やせ我慢をするな」
強がってはいるが、トビは背中の痛みで戦える状態じゃないはずだ。今は背中を向け合っているから見えないが、さっき顔を合わせたときの顔は青白かった。斬られた背中の出血がひどいらしい。
「気にすんなよキキ。お前に拾われた命だからな、お前が行けっていやあ、オレは喜んで死んでやるよ」
「ふざけたことをぬかすな。領主をぶん殴って、二人そろってここを出るんだ。大丈夫だ、俺がどうにかする」
柄にもなくトビが真面目だから、何かスイッチが入っちまった。
鳶を警戒してか、騎士たちは慎重に包囲を狭めてくる。それを見ながら腰を据えて覚悟を決め、この窮地を脱する方法を考える。
何ができる、今の俺たちにできることはなんだ。
考えろ。
戦う以外にできることはなんだ。降伏はどうだ、上手くいけば牢屋送りで済むかもしれない。いや、それではダメだ、リーリエのことをコレクションといった貴族の外道が、侵入者を活かすとは考えずらい。
っ、そうだ――――
「者共、かかれっっ!!!!」
来るっ、やるしかないっっ、、