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これは、とある老人の語りである。
オルベールの街は大草原のど真ん中に位置する田舎町で、昔からさびれた街だった。しかしながら、前任の領主、オルタ・ラーセンによって街は活気ある街へと変わった。
オルタ・ラーセンは、元は王都所属の貴族であり、無階級層、つまり、平民を第一に考えて政策を行う親民派と言われた貴族だ。
真面目で慈悲深く、また、政治手腕は他の貴族よりも抜きん出ていた。
そんな彼が田舎街に赴任することになったのは、なにも、オルベールを活性化させるためではない。他の貴族に疎まれていた彼は、謀略によって王都を追い出され、オルベールへと左遷されたのだ。
だというのに、彼は腐らなかった。
オルベールに着くやいなや、まるで活気のない街を嘆き、積極的に街の者と関わって町興しを始めた。
敏腕のオルタをもってしても、特産物もなければ観光名所もない街で、お金を生み出すのは難しかった。けれども彼は諦めず、どうにかできないかと日々、頭を抱えていた。
そんな時だった。ふらりと、妖精がやってきたのは。
妖精属が人前に姿を見せるのは珍しく、ここ数百年では目撃例すらなかった。オルタは、すぐさま宿で保護されている妖精に会いに出向いた。
妖精は幼かった。オルタを見た妖精は駆け寄っていくと、開口一番、こう言った。「リーリエ、いい子だから、友達になると良いこといっぱいあるなあ」と。
その日、オルタは妖精の友人となった。
妖精は無邪気で心優しく、誰よりも笑顔が似合う愛くるしい子だった。彼女は街の者に可愛がられ、そして、愛された。また、彼女も街のみんなが大好きだった。
ある日、彼女は街の人々のために何かできることはないかと、オルタに相談を持ちかけた。街のみんなに恩返しをしたい、みんなに喜んでほしい。
あまりにも純真無垢な想いに、オルタは渋々、「みんなのために見世物になる気はあるかい?」、と告げた。
幼い友人のため、彼は噛み砕いて説明をする。話を理解した妖精は寸分の迷いもなく、満面の笑みで、「みんなが喜ぶのなら見世物でもなんでもするぞ!」と、返事をした。
その後のオルタは凄まじいものがあった。住民に彼女の想いを伝え、街の者と一丸となって行動を始めた。
まずは私財を投げ売って街と王都をつなぐ街道の整備を行い、次に夜盗や魔物対策のため、獣人族に街道の警備を頼み込んだ。
獣人族というのは、人間族よりも身体能力が高く、戦闘に長けた種族であり、ゆいいつ人間族に友好的な種族である。
獣人族の協力で街道の安全が確保されると、オルタは王都や各地の街から商人を呼び寄せて妖精の存在をさり気なく見せつけた。オルベールの街から帰った商人たちにより、瞬く間に妖精の存在は大陸中に広がり、オルベールの街は観光客であふれ返り、宿や酒場といった店が繁盛し、街の者が総出で作ったリーリエ人形が飛ぶように売れた。
これにより、オルベールは活気に満ちた豊かな街とかわった。
が――――しかし、栄華は長くは続かない。
突如、オルタ・ラーセンが領主の任を解かれたのだ。獣人族との独断交渉の責を問われ。
オルタほどの男に抜かりはない。街道の安全強化を名目に、王都より正式に許可を得てから獣人族の協力を取り付けており、許可状も所持していた。
だが、オルタの目覚ましい活躍を快く思わない貴族たちによって、彼の持つ許可状は偽造とされた。
金と、権力がものをいう社会なのである、この世界の貴族社会は。
オルタは領主の任を解かれただけでなく、苗字をも剥奪された。貴族にとって苗字の剥奪、すなわち、平民になるということだ。
オルタの後任に着いたのは、ゲローブ・ランセンという、貴族の中でも強欲で有名な男だった。
ゲローブは欲する。とうぜんのように、妖精を、コレクションとして。
街の広場。そこで妖精はいつものように、街に来た観光客と遊んでいた。
彼女にしては遊びだが、それは街の催しの一つで、キキたちの世界でいうところの鬼ごっこである。皆が楽しそうにしているなか、そこに、ゲローブ率いる騎士団がやってきた。
剣を携え、重厚な鎧を纏った騎士団と、貴族たるゲローブの登場に場は一斉に静まり返った。
重々しい空気が流れる中、妖精はゲローブへと駆け寄り、「一緒に遊ぶのか?」、とにんまりと満面の笑みで問うた。
答えは、蹴りだった。
ゲローブは妖精の腹部へと蹴りをみまい、「気安く話しかけるでない、物は黙っておれ」と吐き捨てた。
騎士団に命じる、一言、連れて行けと。
妖精はなす術もなく、髪を無造作に引っ掴まれ、痛い、痛いと、悲痛な声をあげている。誰も助けには入らない、うつむいて地面を見るばかりである。
貴族に逆らっては命に係わる、離せと言おうものならば、国家反逆の罪で一族郎党打ち首となる。ましてや、戦闘訓練をうけた騎士たちに平民がかなう訳もない。
例え子供が痛みと悲しみに泣きわめいていても、どんなに愛らしい子であっても、貴族のすることに口を挟まないのが賢い生き方なのだ。
ただ、どこの世界にも馬鹿は居るものである。
オルタ・ラーセン、いや、オルタは馬鹿だった。
彼は広場の出口で、たった一人、ゲローブたち騎士団の前に立ち塞がった。
貴族の頃に召していた立派な衣服は簡素な布の服へと変わり、腰に帯びていた家宝の剣は今やなく、手に握られるは鍬である。
彼に貴族の面影はどこにもなかった。
ゲローブは笑う。醜悪な顔をさらに歪ませ、肥えた腹を愉快気に叩き、かつて、やり手の貴族として名を馳せた男を。
オルタは叫んだ。ゲローブの笑い声などかき消すほどの声で。
「友よっっ、いまっ、助けるぞ!!!!!!!!!!!」
騎士団を相手に、彼は鍬を手に立ち向かう。ゲローブを無視し、一目散に妖精を掴む兵士へと襲いかかる。瞬く間に場は騒然となった。
騎士団は咄嗟に迎撃を試みるも、邪魔が入った。
オルタは苗字を剥奪され、そのさいに財産も失った。
けれども、彼を慕う民の心までは、失ってはいなかった。
オルタ様を護れと、リーリエを助けろと、その場にいた者が理性の介入よりも早く、身体が動いていた。
大乱戦のさなか、妖精は街の者によって、草原を監視する獣人族の小屋へ、ミーニャの家へと逃がされた――――
◆
「なんて言ってんの、このじじい?」
「俺に訊くなよ」
いま、俺たちはリーリエが以前住んでいた街に来ており、そこで出会った老人に家へと招かれ、良く分からん話しを聞き終わったところ……だと思う。感じ的に。
言葉が分からない、というか、言語が違うので何を言っているのかさっぱりだ。この世界の住人たるミーニャとリーリエには通じているらしく、ミーニャはリーリエを抱きしめて辛そうな顔でなにやら声をかけていた。
「やっべ、ミーニャが何を言ってるのかも分からなくなっちまった」
「安心しろ。俺もだ」
「安心した」
早いな。