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「そ、そうですにゃ。すぐに飲み物を持っていきますにゃ」
今までリーリエとトビのやり取りをぽかんと見ていた少女が立ち上がる。
「うむうむ、乱暴者と戦うのは後だな!」
「キキ、話しは虫娘を倒してからでいいか?」
ひぃ、と悲鳴をあげて小走りで俺の背に身を隠すリーリエ。トビもそうだが、リーリエもめんどくさいことこのうえない。
「ダメだ。あまり言いたかないが、おれとリーリエは友達だからな、ケンカは無しだ」
「マジか」
「マジだ」
「ラスボスとダチか、キキすげえな」
何がラスボスだ、あほう。
「……まあな、お前も友達になっとけ」
「キキのダチはオレのダチだ」
なに? そのジャイアニズム、どこの剛田さんだよ。
「なんと、リーリエと乱暴者はすでに友達だったのか!?」
もうめんどくさいな、こいつらめんどくさい。
「らしいな。お前みたいなラスボスとダチになれるとは、公園だぜ」
公園じゃなくて光栄だ、遊びに行ってこい。
「うむ。友達ならば仲良くせねばな。リーリエはリーリエ、よろしくな!」
「オレはトビっ」
「お友達が増えて良かったにゃ、リーリエちゃん」
柔和な笑みを浮かべて言うと、少女は木製のカップを手際良くテーブルに並べていく。
「うむ!」
「リーリエ、座れ」
「うむ」
たたたと駆けて空いている場所に座るリーリエ、その隣りには飲み物を配り終えた少女が腰を下ろす。トビは俺の隣りで足を投げ出し、寝転んでいる。
ようやく話し合いの場が整ったというところだろう。
「ああそうだ、まずはあんたの名前を聞いておきたいんだが」
ずっと気にかかってはいたのだが、俺は少女の名前を正式には訊いていなかった。まあ、ミーニャミーニャと連呼していたので、名前じたいは知っているのだが。
「あ、はい。ミーニャですにゃ」
顔を赤くし、うつむき加減で答えるミーニャ。照れてるのか?
「まあいいや、俺は喜衛喜々、寝転がってるのが金子鳶春。呼ぶときはキキとトビで頼む。ところで、苗字はないのか?」
「この世界で苗字を名乗れるのは貴族様だけですにゃ」
貴族ときたか。苗字によって貴族とそうでない者を区別、いや、
「あまり苗字を名乗らないほうがいいのか?」
「……はい、お察しの通りですにゃ」
とどのつまり、この世界は貴族制度による身分差があり、区別ではなく差別が行われているということだ。
差別ということは、この世界は貴族が取り仕切る社会制度だと容易に想像がつく。ミーニャの苦笑を見る限り、貴族がそうでない者を虐げて得をする世界なのだろう。
嫌な世界だ、吐き気がしやがる。
「キキとトビは貴族なのか……?」
大きな瞳に不安を乗せ、リーリエが訊いてきた。
フルネームで名乗ったはずなのだが、どうやら苗字には気づかなかったようだ。
「そんな顔をするな。俺たちには確かに苗字があるが、貴族じゃない。勝手に苗字を名乗っているだけのあほうだ」
別に、異世界から来たことを隠すわけではないが、好奇心旺盛そうなリーリエに話すと、質問の嵐にあいそうなのでそういうことにしておく。
「……ほんとう?」
「ああ。だよな、ミーニャ」
「は、はい。リーリエちゃん。キキさんはとっても良い人だにゃ。怖がらなくても大丈夫」
「うむ……」
貴族に酷い目にでもあわされたのか、リーリエはミーニャに抱かれて今にも泣きそうな表情となっていた。
「お前、貴族ってのに何かされたのか?」
寝転がったまま、トビがリーリエに訊いた。
沈黙が場を満たす。
しばしの間を得て、嗚咽が洩れ出した。
「リーリエちゃん……街で、何かあったのかにゃ?」
ミーニャの腕の隙間から、こくりとうなずくリーリエが見えた。
「リーリエ、妖精属で珍しいから。領主様が欲しいって……無理に連れて行こうとして……でも、街の人たちが守ってくれて、逃がしてくれた」
「そう、だからミーニャの家に居たんだにゃ……」
「ずっと一人で寂しかった、街のみんな、すごいすごい心配だったけど、リーリエ、本当は弱っちいから、行けなかった」
そう、たどたどしく口にしたリーリエ。
止めどなく落ちる雫、それは、彼女の寂しさと悔しさ、なにより、街の人を思う気持ちであふれているのだろう。
寂しかったからこそ、彼女は初対面の俺なんかでも友達を欲した。
守られるだけで何もできなかった自分が悔しかったからこそ、彼女はミーニャを守ろうとトビに向かっていったのかもしれない。
いじらしいことだ。
仕方ない、話し合いは中断だ。
「街とやらに行くぞ」
俺は立ち上がりつつ、口にした。
「キキ……でも……」
リーリエは街に戻るのが怖いのだろう。
解らなくはない、なぜなら、リーリエを逃がしたことで街の者がどのような目にあったのかなど、言うまでもない。自分のせいで街の者に辛い想いをさせてしまったのだ、嫌われたと思うのが普通だ。
けどな。
「でも、じゃない。怖がる必要はない。みんなお前の無事を心配をしてるはずだ」
街の者はリーリエを逃がしたことで辛い目に合うのは解っていたはず、そんなのは覚悟のうえで、領主に刃向ったのだろう。
「リーリエが戻ったら、また、街のみんなに迷惑かからない……?」
「かかりゃしない。なぜなら、俺が領主を倒しちまうからだ」
「ダ、ダメですにゃ、領主――貴族様に刃向ったりしたら、殺されてしまいますにゃ!」
「知ったことか」
「キキさん……」
「完全にスイッチが入っちまったな」
トビがむくりと起き上がり、こきりこきりと首を鳴らす。
「やるか、キキ」
「当たり前だ。ミーニャ、案内だけでいいから街に連れて行ってくれ。頼む」
真っ直ぐにミーニャを見つめ、あらん限りの気持ちを瞳にのせた。
少しして、
「キキさんは、もっと冷静な人だと思ってましたにゃ」
「イメージ違いで悪かったな。どうにも、俺は子供らしくってな」
「というかキキはあほうだ」
トビにあほう言われると腹が立ってくるな。クソ貴族の前にこいつをフルボッコにしてやろうか。
「でも、お優しい方ですにゃ」
慈しむような、なんか、そんな笑顔で彼女は言った。凄い背中がかゆくなる。
「リーリエちゃん。一緒に街に行ってみるにゃ」
ミーニャの問いかけに対し、リーリエに全員の視線が集まる。
「……でも、」
「でも、はいらない。何もかもどうにかしてやるから。リーリエがすることは、もっとも難しい、友達を信じる、ということだけだ」
まったく、なんというくっさいことを言ってるんだ、俺は……
「……うん。みんなを、信じる」
泣き腫れた顔で、彼女は遠慮がちに、だが、確かに、笑った。