3
「リーリエちゃんっ」
っと、呆けている場合じゃない。トビに足を掴まれ、ぷらんぷらんともがく妖精を見るなり、少女は妖精に駆け寄って行った。
「この虫、猫耳のか?」
「リーリエは虫じゃないやい、妖精族のリーリエなの! それより離すのだっ」
「トビ、離してやれ」
「ん、わかった」
返事をするなり、パッと手を離すトビ。おかげで妖精は地面に激突だ。
「い、痛い……」
小さすぎる手で鼻をこりつつ、妖精は少女に顔を向ける。そして、「ミーニャあ!」などと甘々な気持ち悪い声をだして彼女に抱き着いた。
「よしよし、大丈夫かにゃ?」
しゃがみこみ、優しく頭をなでる少女。俺はなでられている妖精をまじまじと見てしまう。
大きさは小学生の低学年ほどであり、一見すると人間のようではあるが、背には透き通った四枚の小さな羽が付いている。
髪の色は黄緑色っぽく、髪型はボリュームのある髪をサイドでまとめた、サイドポニーテールだ。
顔は良く整っており、リンゴほっぺが特徴的だ。
美幼女? って部類に入るんだろうか。
いかんな、これでは俺がロリコンみたいではないか。
「ミーニャ、今までどこに行ってた? ミーニャが居なくなってから、凄い大変だったのだ」
あっと、会話の流れから話しが長くなる予感がする。
「大変だったって、街で何かあったのかにゃ?」
「うん。あのな、」
さて、悪いが遮らせてもらうか。このまま置き去りにされて話しを進められると非常に困る。
「ああっと。悪いんだがな、ひとまず中に入らないか?」
「え、あ、はい。そうですにゃ」
中に入った俺たちは少女にうながされるまま、手作り感たっぷりのちゃぶ台の前に座った。
いま、少女は飲み物を入れてくれている。
「すっげ、RPGの民家みたいだ」
辺りを見回しつつ、トビがそんなことをつぶやいた。
トビの言う通りで、家の中は中世ヨーロッパのような雰囲気が漂っており、ほとんどの物が木で出来ていた。プラスチック製の物は一切なく、鉄製の物は調理器具といったごく一部にしか使われていない。
「ねえ、」
部屋を見渡していたら、俺の隣りでちょこんと座っている妖精に話しかけられた。大きくつぶらな瞳がジッと見ている。
「なんだよ」
「ミーニャの友達か?」
「そんなところだ」
俺の適当な返事を聞いた妖精は、何やら考え事をし、「ふーん」と言って正面を向いた。
「あの乱暴者もミーニャの友達か?」
しばらくして、タンスを漁るトビを指差し、またもや話しかけてきた。
「ああ」
まとめて訊けよ、めんどくさいな。
と、飲み物を運ぼうとしていた少女がトビに気がつく。トビは綿で出来た簡素な下着を手に、「あれ、パンツちっせえ」などとつぶやいている。
「あのな、リーリエも……」
隣りでもごもごと言いよどんでいる妖精を無視し、俺は、真っ赤になった少女対トビのパンツ綱引きを見ていた。「何をしてるんですかにゃ、返してくださいにゃ!」むーむーと、必死になってトビから下着を取り返そうとしている少女。対するトビは、「なあパンツくれよこのパンツくれよ」と余裕の表情で最低なことを言っている。
見ていて面白いので、しばらくそのままにしておくことにする。
「――だからな、リーリエともな、友達になってほしい」
ふと、隣りから遠慮がちな声が耳に入ってきた。
見ると、うつむき加減で妖精がいじいじと、床にのの字を書いている。ずっと俺に話してかけていたみたいだが、俺が聞き取ったのは友達うんぬんの件だけだった。
何を言ってたのだろうかと思い、妖精を見ていると、妖精がちらりと俺を盗み見た。そして。
「リーリエいい子だから、友達になるといいこといっぱいあるのにな……」
またもや、ちらりと俺を盗み見る。
そんなアピールいらないって。
「わかったから、ちらちらと見るな」
「友達になってくれるのか……?」
「ああ、なってやる」
「おおっ、リーリエはリーリエって言う!」
「ああそう。喜衛喜々だ、呼ぶときはキキな」
「うんっ」
にぱー、っと満面の笑みを見せるリーリエ。子供が苦手な俺には、どうにもやりずらい。
「あ、千切れた」
パンツ綱引きに動きがあったようだ。
トビのつぶやきに視線をそちらに戻すと、下着は見事に引きちぎれて二つになっていた。引き千切れたときの勢いだろう、少女は家具に頭をぶつけていた。なんとも間抜けなことだ。
「ということはアレだな。片方はオレがもらっていいってことだな」
なぜ、そうなる。どんだけ下着が欲しいんだ。
「痛いにゃ……うう、ミーニャの下着が」
「大丈夫か、ミーニャ!」
慌てて駆け寄るリーリエ、そして少女を庇うように前に出ると、精一杯の怖い顔をつくってトビを睨みつける。
「乱暴者めっ、ミーニャにあやまれ!」
「なんだ、やる気か虫娘?」
トビの一言に、はうっ、と小さく悲鳴をあげるリーリエ。最初の勢いはどこぞへと消失だ。
「リーリエ、すごい強いから、やめておいたほうがいいと思うなあー……」
視線は明後日の方へ向けつつ、そんなことをのたまうビクビク妖精のリーリエ。
「強いってどれくらいだ?」
あほうがくいつく。
「ド、ドラゴンくらい……」
基準がわからんっての。
「マジか、すげえな!」
なぜだ、なぜ架空の存在を比較対象にされて、すげえなんて言葉が出てくるんだ。お前がドラゴンの何を知っている。
「待てよ? お前を倒せばオレはドラゴンを倒したことになるんだよな……」
いやいやいや、ならないって。
「そ、そうなる」
いや、ならないって。自分から死亡フラグを建ててどうするよ、あほうが次に言いそうなことなど予想がつきそうなものだが。
「決めた。お前を倒し、オレは勇者になるっ」
リーリエ=ドラゴン=悪の親玉、討伐=勇者、どうやらトビの頭の中ではそう結びついたらしい。人類の理解を超えてやがる、長い付き合いの俺以外には想像もつかないだろう。予想の遥か彼方だ。
「ままままま待て」
焦りまくるリーリエ。もう少しだけあほあほコントを見ていたい気もするが、これ以上トビをほおっておくと、リーリエがフルボッコにされるので幕を下ろしてもらうことにする。
「楽しんでるところ悪いんだが、そろそろ話し合いをしたい」