2
初対面の人にむかって優しくしてくださいとか、なんなのこいつ。何を求めてるんだよ。
「大胆なヤツだな。よし、犯るかキキ」
「犯らん、あほう」
まったく、これだから万年発情期のあほうは。
「あ、あのっ!」
トビに呆れていると、ぐいっと急に身を乗り出してきた少女。ってか近い。
「ありがとうございましたですにゃ!」
お礼をのべるなり、今度は勢い良く頭を下げる。もう、俺にはなんのことやらさっぱりだ。どうして初対面の女の子、それも異世界の猫耳少女にお礼を言われているんだ。
「キキってこの猫耳と知り合いなのか?」
「そんなわけないだろ、間違いなく初対面だ」
猫耳の少女になんか出会っていたら、忘れたくとも忘れられるわけがない。たとえ痴呆症になったとしても覚えている自信がある。
「あのさ、俺はあんたに優しくしてくれだとか、ありがとうだとか言われる理由がないんだけど。誰かと勘違いしてないか? そもそも、俺とあんたは初対面だろ?」
少女はゆっくりと頭を上げ、俺の顔をジッと見る。しばし凝視をしたあと、少女は口を開いた。
「あなたで間違いないですにゃっ、向こうの世界に行ってしまったミーニャを――」
「ちょっと待てっ」
俺の耳が確かなら、いま、目の前で首を傾げているやつは、向こうの世界に行って――などと口にしたか?
「あんた、俺と同じ世界からこの世界にきたのか?」
「あ、はい。でも、ミーニャは元はこの世界の住人ですにゃ」
「つまり、俺たちの世界に行ったあと、こちらの世界に戻ってきたということか?」
「そういうことになりますにゃ」
少女の言うことが本当だとしたら、この世界には世界間を行き来する何らかの方法が確立されているのかもしれない。もし、そうならばこれ以上の朗報はない。なにせ、簡単に元の世界に帰れるのだから。
「この世界では世界間の行き来する方法が確立されているのか?」
期待を胸に訊いてみる。
「されてませんですにゃ」
即答されました、どうもありがとうございました。
「おいキキ」
「なんだよ、くだらないことなら後にしてくれ」
「オレ、なんか空気じゃね?」
くだらねー。
「頼むから少し黙っててくれ。今は猫耳少女と大事な話しをしてるんだ」
「あの、」
トビをかるくあしらっていると、おずおずと少女が口をはさんできた。
「こっちの世界で住んでいた家が近くにあると思いますので、そこでお話をしませんかにゃ?」
「それは助かるが、思いますって、また曖昧なんだな」
「ご、ごめんなさいですにゃ。もう、一年ちかく帰ってないので……」
ああそうか、俺の元いた世界に居たんだもんなと納得。とりあえず、落ち着ける場所で話しをできるのはありがたい。
「それは助かる。あんたさえよければ、是非にお願いしたい」
「はいっ、着いてきてくださいにゃ」
何が嬉しいのか、満面の笑みで言うなり、くるりと背を向けて着いてくるようにうながす少女。
「しっぽついとる」
少女の腰のあたりでフラフラと左右に揺れるしっぽ。トビはそれに好機の視線を向けている。
「トビ、掴むなよ」
「え、ダメなのか?」
「ダメだ。触りたいのなら家に着いた後で了解を得てからにしろ」
「うむ」
なにがうむだ、あほうが。
俺とトビは草原を歩きつつ、この世界について色々と少女に質問をしていた。
例えば、『この世界で日本語は通じるのか』『通貨はあるのか』『中心となっている技術は何か』などである。これらの質問に対し、俺は簡単な答えしかもらっていない。詳しくは家に着いてから訊くつもりだ。
今はトビが質問をしていて、『胸でかいな、何カップ』とくだらないことを訊いていた。そのあいだ、俺は彼女に訊いたことを自分なりにまとめていた。
この世界は『魔術』というものが発達しているらしいが、社会通念は俺たちの居た世界とはほとんど変わらないらしい。科学の変わりに魔術、という程度のものなのだろう。
したがって、通貨の概念は当然のように存在し、生きていくためには労働をしてお金を稼ぐか、作物を育てたり、狩りをして糧を得なければならない。
まったく、どこの世界も世知辛いものだ。
それと、言語に関しては種族間で違うらしく、当然のように日本語は通じないとのことだ。猫耳少女に日本語が通じるのは、彼女が日本に住んでいたからに他ならない。ただし、言語に関しては魔術道具でどうにかなるらしい。俺たちの世界でいう翻訳機のような物があるのだろう。
「キキ、キキっ、キキ!」
訊いた話を整理していると、トビが俺の名前を連呼しているのに気が付く。どうにも、集中していたらしい。
「大声を出すな。で、なんだ?」
「着いたって」
「ん?」
言われて今更ながらに気づく。目の前に木造の小屋が建っていることに。
「……随分と綺麗だな」
一年ちかくも空けていたというのに、小屋とその周辺は妙に整然としていた。
綺麗に磨かれた小屋、短く切りそろえられた草、手入れのいきとどいた花壇……どう見ても人の手が入っている。
「うお、見たことない花がある」
少年のようにきらきらと目を輝かせ、窓下の花壇へと向かっていくトビはほおっておき、不思議そうに小屋を見つめている少女に声をかける。
「猫耳少女」
「にゃ?」
「あんたの家ってのはここで間違いないのか? 一年ちかく帰ってないにしては手入れがいきとどいているみたいだが」
「その、はずなんですけどにゃ……」
はて、と少女は首を傾げる。別に不思議がることはないと思うんだがな。少し考えれば、留守にしている間に誰かが住み着いたと予想がつきそなものだが。
「あんたが家を空けている間に誰かが住みついたんじゃないのか?」
「そうなんですかにゃ?」
いや、知らないけど。
「お、なんか居る」
ふと、トビが声を発したと思うと、間髪もなく、ガッシャアン! などというガラスの破砕音が響き渡った。俺と少女は反射的に音の方角に顔を向けた。
「キキ。なんか捕まえたぞ」
うれしそうに口にするトビ。見ると、あほうが花壇上部の窓ガラスを粉砕し、中に手を突っ込んでいた。どうやら、窓ガラスをぶち破って中に居た何かを、もしくは誰かを捕まえたらしい。
「ろくなことをしないな、お前は」
「まあな」
褒めてないって。どんだけポジティブなんだよ。
「にゃにゃ、窓が!」
どんまい、猫耳少女。
「離せー離せー!」
と、いやに可愛らしい声が小屋の中から聞こえてきた。声の感じからするに、トビが捕まえたのは女の子らしい。なんだか犯罪の臭いがする。
「おお、この虫しゃべるぞ」
虫……だと……?
「この声……」
「トビ……とりあえず捕まえたのを見せてくれないか?」
「おう」
きゃっ、という小さな悲鳴と同時に出てきたもの、トビの手に握られていたそれは。
なんかもう、生物? 精霊? なんというか、妖精?
妖精って……。