1
◆
「こんなところで死んでたまるかっ」
四方から跳びかかってくるグリーンタイガーに対し、俺は雄叫びをあげて立ち向かう。
と、見せかけてスライディング。
完璧なフェイントをかまし、跳びかかってきたやつらの下を滑りぬけた。真正面から戦うとか、馬鹿のすることだし。
グリーンタイガーの後ろをとった俺は、すかさず態勢を整える。そして見た。そして知る。
「うらうらうらうらあーー!!」
信じられないことに、トビがグリーンタイガー一頭の前足を掴み、ジャイアントスイングをかましていた。その様はさながら旋風であり、次々と周りにいた猛虎たちは吹き飛んでいく。どうやらあほうはグリーンタイガーを装備したらしい。
「相変わらず出鱈目なやつ……」
というかだ、俺がスライディングをせずに迎撃をしていたら、俺もジャイアントスイングに巻き込まれていたのではないだろうか?
「しゃあっ、オレ無双!!」
ああ、そうだな。無双し過ぎて味方すらやっちまうところだったけどな。トビに投げ捨てられ、矢のように飛んでいく哀れなグリーンタイガーを目で追いつつ、俺はそんなことを思っていた。
「よっしゃああああ、次にブン投げられたいやつはどいつだああああ!」
うざいテンションだな。というか他のやつらは吹き飛ばされたあとに逃げたっての。
「やる気まんまんなところ悪いんだがな、お前の敵味方関係ねえ無双のおかげでグリーンタイガーどもは撤退したぞ」
「マジか」
「ああマジだ」
「追うぞっ」
「まてまてまてっ。どうして追う必要がある」
今にも駆けださんとしていたトビの肩をつかんで制止する。せっかく追い払ったというのに、自ら危機に足を踏み入れる必要はない。
「逃げられたら経験値が入らないだろ?」
なんというゲーム脳。ついにリアルとゲームの区別がつかなくなったようだ。
「残念なことにだ、グリーンタイガーを倒しても経験値は入らん」
「そんな馬鹿な」
バカはお前だ。
「というかキキ、これからどうするよ?」
どうしてあほうやバカってのは、こうも簡単に話題を変えるのか。まあ、経験値うんぬんの話を引っ張られても困るのだが。
さて、本当にどうしたものか。さきほど襲ってきた地球外生命体、いや、別世界生命体を見る限り、俺とトビは異世界に飛ばされたと仮定してしかるべきだろう。
そのように仮定した場合、やはり元の世界に帰ることを目標にしたい。グリーンタイガーみたいな怪物がいる世界にいては、命がいくつあってもたりないからな。
「なあキキ、取りあえずどっかで飯食おうぜ」
どっかってどこだよ、あほうが。なんにせよ、こちらの世界の住人とコンタクトをとるべきだな。
「言葉が通じるといいんだが……」
人間でなくともいいので、最低でも意思疎通ができることを祈ろう。
「おい、聞いてんのかキキ」
「聞いて」
言い終えようとしたとき、視界のなかに浮かぶ、光の珠に気が付いた。
光の珠は俺たちの足元から立ち昇っており、素っ気ない草原を幻想的なものへと変えている。
「なかなか綺麗だな」
トビは周囲に浮かぶ光の珠を見つつ、のんきに口にした。
俺としては、今度はなんだ、また何か起きるのかといささか呆れていた。
光の珠が強く輝きだす。
まぶしさのあまり目を細めてしまう。次に輝きは閃光となり、俺は目を開けていられなくなった。
「っっ!」
「光ってるっ、オレ、すげええええ光って、えええええるうううううう――――」
そして閃光は弾け飛ぶ。
一緒にトビも弾け飛べばいいのに。
などと至極当然なことを思いながらも、強烈な光の波が過ぎ去ったのを感じた俺は、ゆっくりとまぶたを上げた。
と、横のあほうが叫び出す。
「目がっ、目がああああああ!!!!!」
見ると、あほうは目を手で覆い、草の上をもんどりうっていた。何を思ったのかは知らんが、察するに閃光を直視したのだろう。
やはり救いようのないあほうだ。もしかしたら、失明しているかもしれないな。
まあ、どうでもいいが。
そんなことよりもまずは状況の把握だ。閃光が弾ける前と後で変化したところがないかと、俺は周囲に首をめぐらせる。
何者かと、目が合った。
「…………」
そいつは立っていた。何をするわけでもない。ただ、茫然と突っ立っていた。
少女だ。
肩までの長さの髪、毛先はややウェーブがかかっている。髪色は、桃色という珍しいものだった。その前髪が風に靡いている。
吸い込まれそうなまでな、綺麗な瞳。蒼と紅の、オッドアイ。
小さく瑞々しい桃色の唇が、言葉を紡ごうとする。しかし言葉は紡がれず、閉じられた。
「うお、耳ついてる」
行き成りトビが、俺の肩越しから言い放った。どうやら俺はボーっとしていたらしく、その一言に驚いて少し身体を弾ませてしまった。
「当たり前だろ、人間……なんだ……から……」
頭に何か付いとる。猫耳のような……
「ヘイ、そこの猫耳彼女っ! オレ今、目が逝ってて色の識別できないけどお茶しなぁい?」
かっる! そしてナンパ文句が斬新過ぎるだろ。というか、どうして猫耳が付いているんだとか、いつの間に居たのか、だとか気にならないのかアイツは。
「すっごいねえ、それ地耳?」
地耳ってなんだ、初めて聞いたぞ。
「え、その、」
「さわるから」
まさかの断定。さすがはトビ。
「にゃっ!?」
トビに耳を触られ、驚きの声をあげる猫耳少女。
「マジか、地耳だ。なんか、でも、引っこ抜けそうだな」
「うにゃあっ」
ぐいぐいと耳を引っ張るトビ。猫耳少女は半泣きになっていて、今にも本泣きしそうだ。というか、にゃあにゃあと少女がうるさいので、トビを止めることにする。
「トビ、手を離してやれ。いい加減にしないと泣くぞ、その子」
「泣かれると面倒だな、わかった」
言ってトビは耳から手を離す。無茶苦茶ではあるが、トビは女の子を泣かせて喜ぶような悪人ではない。俺は二人に近寄る。
「あうあう……」
情けない声を出して耳をさする少女。あうあうて……こいつぶりっ子じゃないだろうな。
「なに? このリアル萌え少女」
「知るか」
それにしても猫耳とはな。俺たちの世界にこんな珍妙なものは存在しないので、十中八九こちらの世界の住人だろう。
「あんた、この世界の住人だよな。色々と訊きたいことがあるんだが、いいか?」
少女は俺の問いかけに対し、ボーっと俺を見つめてくるばかりでいっこうに答えない。もしかしたら言葉が通じていないのかも知れない。ここは異世界だ、有りえないことではないし、むしろ、その可能性のほうが高いといえる。
「言葉、通じてるか?」
改めて訊いてみる。すると、少女はうるうると瞳を揺らし始め、両の手を豊かな胸の前で合わせ、なぜか、感極まった声でこう言った。
「優しく……してほしいにゃ」
こいつ、気持ち悪い。