サイドストーリー2 (現代)
間庭市の総合病院。
外に配置された喫煙スペースベンチに、よれよれのスーツを着た男が一人で座っていた。鼻の頭まで伸びた前髪、無精髭に煙草を咥えただらしない風体をしている。
こいつはまいった、いやあ、まいった。
男は煙草をふかしながら、晴れ渡った空に視線をやる。
「なーにが怪奇現象だ、神隠しだ。ふざけやがって」
――行き成り突風が吹き荒れて、それでおれらは地面に押さえつけられたんっす。アレは普通じゃなかった、怪奇現象ってやつかも――
男はさきほどまで話していた青少年の言葉を思い出し、気だるげに溜め息を吐いた。
刑事になってから30と4年、聞き込みでこんな話しを聞かされたのは初めてだ、ばかばかしい。この話しを聞き、上のやつらはあんな捜査名にしたんじゃないだろうな。
『神隠し事件』
キキとトビの失踪はそういった名目で調査されていた。神社に残された魔法陣、その直前に吹き荒れた謎の突風、そして、トビによって伸された青少年数人がその突風に巻き込まれ、今も半分以上が意識不明。調査で判明したことはそれだけで、とにかく謎だらけで奇怪な事件となっている。
男、最上義倉はつい先日、自身で申し出て事件の調査に参加した優秀な刑事で、キキとトビの二人とは知らぬ仲ではない。
ったく、あいつらは毎度まいど手を煩わせやがる。つっても、今回のはただの悪戯や馬鹿とは違いやがるがな。
二人を良く知る最上は、神隠し事件には大きな秘密や陰謀があると感じていた。大型のバイクを片手で悠々と振り回すトビ、抜群の判断力と切れる頭で何度も警察を煙に巻いてきたキキ、そんな二人が突発的な犯行に巻き込まれたとは考えられず、誘拐されたのならば組織的な犯行やどこぞの拉致国家が連れ去った、という些か規模の大きいことを真剣に考えていた。
それでも、怪奇現象だとか神隠しよりは現実味があるってもんだ。
「って思って調査してたんだが……」
空振りもいいところだ。現場の調査や聞き込みをすればするほどに超常性が浮き彫りになるだけで、陰謀や拉致国家の存在など爪の先すら見えなかった。
事件に見せかけた家出って線は――いや、ねえな。金子だけならまだしも、喜衛が付き合うとは思えねえ。
「んー……わっかんね」
しゃあない、解らんときは捜査資料の見直しだ。ああそうだ、署に戻る前にもっかい現場に寄っとくか。
最上は煙草を消し、現場の鏡野神社へと足を運ぶことにした。
◆
事件現場の鏡乃神社は鑑識によって調べつくされた後であり、すでに解放されている。よって、一般の者も出入り可能なのだが、事件が起こる前に比べて訪れる者は激減していた。
それも当然で、まったく解決の兆しがない事件、その現場に足を踏み入れようという者は少なく、訪れる者はオカルトマニアといった、恐れ知らずや好奇心が旺盛な輩だ。
よって、広い境内で何かを探している少女が目につくも、最上はそういった輩だろうと別段気にすることはなかった。
彼はペタンペタンとサンダルを鳴らし、だらしのない足取りで、警察指示で残されている魔法陣の中央に歩いて行った。魔法陣の真ん中で芸術的ともいえる模様を眺める。
いったい、どこのどいつがどういった目的で描いたのか、頭のおかしいヤツならば意味はないだろう。もし意味があるとするならば、捜査の攪乱が目的ではないかと最上は思う。
しかし、わざわざ目立つような物を残してまで撹乱するメリットはあるのだろうか? 目立てば目立つほど世間の注目は集まり、世間体を気にした警察の捜査が厳しくなることは容易に想像がつくってものだ。
「ねえな、やっぱイカれた野郎の仕業だな」
「え?」
「ん?」
周囲で何かを捜している少女と、最上の眼が合った。
「なんだよ、こっち見んな」
「す、すいません………………あ、あのっ!」
謝り、しばしの沈黙のあと、意を決した少女は最上に声をかけた。最上は、「ナンパなら止してくれ、俺は独身だがガキは嫌いだ」、などと挨拶代わりに軽口を返した。
「ナンパじゃないです! 少し、お聞きしたいことがあるんです」
「趣味は風俗に通うことです、これで満足か?」
「趣味なんて聞きません! しかも最悪に不潔です!」
最上のふざけた態度にもめげず、少女は気を取り直して質問をする。
「あのですね、神隠し事件をご存じですか?」
「ああ、知ってるぞ」
「実は、その事件にクラスメイトが関わっているんですが……その、事件解決に繋がる手掛かりとか、情報をお持ちじゃないですか……?」
「……クラスメイトが関わっている、か。どう関わっているんだ? 返答次第ではいいことを教えてやるぞ」
「本当ですかっ! えっと、失踪した二人がクラスメイトでして」
「あー……そう。喜衛と金子のほうか、関わってるってそっちか」
もしかしたら少女のクラスメイトがキキとトビの失踪に関与しており、犯人の目星がつけれるかもしれない、と思っていた最上は残念そうに口にした。
「二人をご存じなのですか?」
「まあ、そんなところだ。お嬢ちゃんはアレか、探偵の真似事でもやってるのか?」
「そんなつもりじゃないです。私は一刻もはやく二人に学校に来て欲しくて……二人がいないと学校が物足りないんです」
恥ずかしげに、どこか苦笑いを浮かべる少女。
「あいつらのことだ、学校じゃあ、さぞや賑やかなんだろうな」
「はい。ところで、二人とはどういった関係なんですか?」
「俺は刑事でな、野郎どもには何かと迷惑を掛けられてんだ」
「えっ、刑事!?」
「そ、刑事」
言って懐から警察手帳を取り出して少女に見せた。自身が何者かを証明した最上は、おもむろに提案を持ちかける。
「なあ、お嬢ちゃん。俺と組まないか?」
「組む? 捜査を手伝えってことですか?」
「おうよ。警察じゃ踏み込めない場所の聞き込みや捜査を頼みたいって思ってな」
喜衛と金子の友好関係を洗うなら同じ学生のほうが良い。なんにせよ、学生の協力者が居ると捜査範囲と効率があがるってもんだ。
最上はそのように考え、改めて少女に質問をする。
「で、どうよ? 協力してくれるんなら事件の情報を教えてやるぞ」
少女は数秒のあいだ思考を巡らせる。そして、決断をした。
「わかりました。協力します」
「よし、決まりだな。俺は間庭警察署の最上だ」
「間庭高校3-1組、志津秋穂です」
すっと、志津秋穂は片手を差し出す。
「まあ、よろしく頼むわ」
最上はそう言い、二人は握手を交わした――