9
日はめぐり、オルベールを旅立つときがやってきた。
「忘れ物はないか?」
「はい、大丈夫ですにゃ!」
「バッチリだ!」
まるで遠足に行くがごとく、無駄に元気良く返事をする二人。なぜだろうか、二人が自信を持って返事をすると不安になってくる。
「本当だろうな……まあ、いい。オルタ、リーリエ、それじゃあ俺たちは行く」
「いや、街の出入り口までは付いていくよ。それと、キキにこれを」
言って、オルタが差し出してきたのは古ぼけた書物だった。何やら表紙に文字が書いてあるが、残念ながら俺には読めない。
「以前、酒場でアインデル翁が言っていた本だよ」
「読んで感想を聞かせて欲しいってやつか」
本を受け取ってぱらぱらとめくってみる。これは読むのに苦労しそうだ、何せ、文字だらけで挿絵が一つもない。まあ、文字の勉強にはちょうどいいだろう。
「確かに受け取った、それじゃあ見送り頼む」
背中のリュックに受け取った本をなおし、全員で領主館を後にした。
外は晴天に恵まれ、雲一つない青空が広がっている。絶好の旅立ち日和だ。
「って旅立ち日和って……」
「どうかしたかい、キキ?」
「いや、なんでもない」
リュックを背負った三人、それとオルタとリーリエの五人で大通りを進む。朝も早いためか、あまり人は見当たらない。
ふと、朝早くから営業をしている露店に目がとまった。
「悪い、ちょっと待っててくれ」
「どうした、便所か?」
「違う」
不思議がる四人から離れ、俺は露店で帽子を買った。それを持って四人のところへと戻る。
「ミーニャ、これを被っとけ」
「え?」
「耳を隠せってことだ。また貴族と揉めるようなことがあったとき、獣人族だって分かると色々と面倒だろ?」
「そう、ですにゃ」
キャスケットに良く似た帽子を受け取り、さっそく被るミーニャ。大きめの帽子だからすっぽりと耳が隠れた。尻尾はじいさんが持ってきてくれた旅用のマントの下に隠れているので、そちらは問題がない。ちなみに、マントは俺とトビも羽織っている。
「キキさん」
「なんだ?」
「ありがとうございますにゃ。この帽子、一生大事にしますにゃ」
「……ああ、うん」
なんとまあ、恥ずかしいことを堂々といってのけるやつか。というか大事にしなくていい、なんか、気持ち悪いし重い。
上機嫌のミーニャを他所に、俺たちは止めていた足を動かす。
そして、街の出入り口に到着。正面には荒れた街道と、見渡す限りの草原が続いている。しばし前を見た後、俺は振り返る。
いよいよ別れの時だ。
「オルタ、色々と世話になったな」
「いや、世話になったのは私のほうだよ。ありがとう。」
「……どうも、こういうのは苦手だ」
口にして、先程から大人しいリーリエに視線を移す。
「リーリエ、そんな泣きそうな顔をするな」
「でも……」
「また、戻って来るって約束しただろ。だから、その、なんだ、笑って見送ってくれよ」
「キキ、キキっ」
ドン、と勢い良く俺にしがみついてきたリーリエ。我慢をしていたのだろう、涙でズボンが濡れていくのを感じた。
「リーリエはやっぱりキキたちと一緒にいたい。さみしいぞ、笑えないぞっ」
それがリーリエの素直な気持ちなんだろう。
戻って来ると約束をしたとはいえ、別れ間際に笑えというのは、お子ちゃまには酷な頼みだったのかもしれない。けれども、リーリエにはどうしても、笑って見送ってもらわないと困るんだ。
「リーリエ。俺たちは友達だ、そうだな?」
泣きながらもリーリエは力強くうなずく。
「だったら。がんばれよって、その一言に全てを込めて、笑って見送るもんだ」
そして、その一言から無限の想いを感じとれるのが、友達ってやつだろ?
だから俺は、リーリエに笑ってもらわないと困るんだ。どこに居ても、俺たちがつながっていられるように。
「……キキ」
涙でぬれる顔を上げ、大粒の涙を頬に伝わせ、リーリエはじっと俺の目を見る。そして、
「がん、ばれよっ!」
はっきりと想いを告げた。ぐちゃぐちゃな、優しい笑顔で。
瞬間、辺りで声が弾けた。
「キキ様ーー!」「あまり無茶すんなよトビこう!!」「ミーニャちゃんしっかりねー!」「必ず帰ってこいよおおー!」「ありがとうなーー!!」
いったい、どこに隠れていたのか。街の至る所から住人が姿を見せ、俺たちに声援という別れの言葉を浴びせてくる。家の窓や屋根の上、大通り、とにかく、上下左右から雨あられと言葉が降り注いでくる。
それは地響きのようで、優しく、俺たちを包み込んでいた。
街の者には旅立つことを話してはいないのに、いったい誰がちくったのやら。まあ、分かり切ってはいるが。
「そう、呆れた顔で睨まないでほしいな。みんな、キキたちにお礼を言いたいだろうから、きのうのうちに話を回しておいたんだ」
「できれば静かに旅立ちたかったけどな」
「とか言って満更じゃないくせに、ほんと素直じゃないな、キキは!」
「うっとうしい、肩組んでくんな」
「キキさんってば、照れてますにゃ」
めんどくさいな、まったく。しかしまあ、確かに恥ずかしいが悪い気分ではない。
「さて、、そろそろ行くか」
「おうよ」
「はいですにゃっ」
二人に言ったあと、改めてオルタとリーリエに向きなおる。
「じゃあ、行ってくる」
「気をつけて」
「リーリエ、ずっと待ってるぞっ」
「ああ。またな」
最後に街のやつらに手を振り、俺たちは歩き出した。
鳴り止まぬ声が俺たちの背を押していた。
『がんばれよ』、ってな。