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武器選びはルイサとオルタがいくつか武器を厳選し、その中から説明を聞いて俺が決めるというやり方だ。
二人が選んでいるあいだ、俺は、じいさんが用意してくれた旅に必要な道具の説明や心得について教えてもらっている。テント設営の仕方や飯盒の使い方、さらには一般人でも使える魔術道具の使い方も教わった。
いちばんタメになったのは旅での心得だ。電車や車で旅をする生易しいものではないため、体力の温存方法や魔物に遭遇した場合の対処と、とにかく幅広く説明いだった。
そして、ちょうど聞き終えるとルイサとオルタからお呼びがかかった。
「選び終わったのか?」
「はい、取りあえず一まとめにしておきました」
「みたいだな。さっそく説明を頼む」
「わかりました、まずはトビさんにお勧めする物からご紹介させていただきます。トビさんにはモーニングスターやハンマー、ナックルといった打撃系が良いかと思いましたので、三つのうちのどれかが良いかと思います」
「俺もそう思う」
さすがはルイサだ、あまり接点がないというのに良く分かっている。
トビの場合は槍や剣といった技術を必要とするものよりも、叩く殴るといったシンプルな作りが良い。理由は簡単だ、あいつがあほうだからだ。
「じゃあ、トビはナックルにしようと思う」
「あの、まだ説明をしていないのですが……」
「旅をする以上、武器は軽いほうがいい。何より、モーニングスターとハンマーは持ち運びには向かないだろ?」
「あっ……」
どうやら武器の性能にしか頭がいってなかったらしく、ルイサは小さく声をあげた。
「す、すいません」
「謝らなくていいって、それより、そのナックルについて説明してくれないか?」
「は、はい。このナックルはビラッドという魔物の皮で出来ていまして、非常に硬く、すべりづらくなっているので威力を殺すことなく相手に伝えることができる逸品です」
硬いうえに滑り止めがついているため、大ダメージをあたえられるってことなんだろう。滑り止めがつくだけでダメージがアップする理由は分からんが、まあ、俺が使うわけじゃないので理屈なんかどうでもいい。
「そうか、じゃあトビの武器はそれにする」
「まいどあ――じゃ、ないですね。つい癖で」
まいどあり、と言いかけて照れた笑みを浮かべるルイサ。
てへっ、などと言って舌を出すぶりっ子猫の仕草とは違い、ルイサの仕草は俺を癒してくれる。眼福だ、本当に。
「キキさん、顔がえっちいですにゃ」
「どこがだよ。そんなことより、次はお前が武器を選べ」
「命令しないでほしいですにゃ」
言って、ツンとそっぽを向く。癒されたはずの心は殺意へと激変だ、いつか耳と尻尾を引き千切ってやる。
「えと、ミーニャちゃんは獣人族でありながら魔術も使えるので、マジックボウを選んでみました」
「マジックボウなんて凄い物があったのかにゃ!?」
「じいさん、マジックボウって?」
ルイサがミーニャに説明をしているあいだ、俺はマジックボウとやらについてじいさんに訊く。
「一言でいってしまえば、魔力の矢を放つ弓じゃな」
「ってことは、矢を持ち運ばなくてもいい弓矢か。便利だな」
「それだけではないぞ。弓に魔力を流し込むだけで矢が生成できるゆえ、速射ができ、流し込む魔力量で威力の加減や飛距離の調整ができる優れものじゃ」
「そのかわり扱いが難しそうだな」
「そうじゃな、流し込む魔力量の調節は感覚で覚えねばならんしのう」
「ミーニャにそんな器用なことができるのか?」
いや、できまい。ミーニャはバカだから。
「修練を積めばできるじゃろうて」
「だといいけどな」
ルイサの説明を熱心に聞いているミーニャを見つつ、俺はそんなことをつぶやいた。
そして、いよいよ俺が武器を選ぶ順番がやってきた。
「キキさんには、こちらの三つを選んでみました」
彼女が選んでくれたのをざっと見てみる。
一つはレイピア、刀身部分が細く、突きに特化した剣。二つ目はダガー、刺すことと投げることに向いた短剣。三つめは、
「これ、刀じゃないか」
それも、鍔の付いたちゃんとしたものだった。
「刀? これはドライドという武器なのですが……」
「ドライド? いや、これは、、ああなるほど。この世界じゃあドライドっていうのか」
「もしかして、キキの世界にも同じ武器があったのかい?」
「ああ。俺の世界、それも、俺の居た国でだけ使われていた武器だ」
それにしても不思議だ。独自の文化を進んできた日本だからこそ、刀が生まれたんだが……
「キキ様、よろしければドライドについて詳しくお話ししましょうか?」
「ん、頼む」
では、と前置きをしてからルイサは話し始めた。
「ドライドは遥か南の島国、ドライド島で生まれた武器です。斬る、ということに関しては他に並ぶ物がないほどに優れた逸品中の逸品です。しかし欠点があり、強度が弱く、上手に扱えないと簡単に折れてしまいます」
「俺の世界の刀と同じだな。扱いの難しさは別として、強度が――って、魔術があるのに改善されていないのか?」
「えと、魔術が何か……」
関係あるのか、といった顔だ。
「この世界には物を硬くする魔術はないのか? 単純に考えてだ、強度を上げてしまえば刀に敵う武器はそうそうないと思うんだが」
「あ、、確かに。ドライドは扱いの難しさと、その美しさから美術品として定着してしまい、あまり武器としては普及していなかったので……」
ルイサの物言いからすると、強度を増す魔術はあるらしい、が、扱える者がいなかったために美術品になったということだろう。
「ミーニャ、強度強化の魔術は使えるか?」
「使えますにゃ。ただ、効果があるのは一時間くらいですにゃ」
「それだけあれば充分だ」
魔物と戦うときに使えればいいのだから、一時間だけで問題はない。効果がきれても、再度強化してもらえればいいしな。
「ドライドにいたしますか、キキ様」
そうルイサに問われ、少し考えてみる。
近接戦において、『折れづらい刀』というのは最強ではないかと思う。
突いてよし、斬ってよし、受けてよしの三拍子がそろっているのだ。とはいえ、他の武器よりも扱いづらい刀を、はたして一介の高校生に扱いきれるかどうかが問題だ。
いや、使い手が未熟なのだから、せめて武器は強くあるべきだ。やはり、ここは刀でいこう。
「そうだな、刀にする」
「分かりました。キキ様なら、きっとドライドを使いこなせると思います」
「だといいけどな」
床に置かれた刀を手に取ってみる。
けっこうな重さだ。そしておもむろに刀を抜き放つ。
「おお、きれいなのだ!」
「凄いな……見事な造形美だ」
「かなりの業物ですね」
「刀匠の魂を感じ得ずにはおれぬのう」
見惚れているミーニャを除き、みなが口々に刀を褒め称える。
無理もない。一度も使われていないであろうそれは、刃こぼれ一つなく、波紋は乱れなく刻まれている。
武と美の調和が、そこにはあった。
俺は思う。刀匠が技と魂を注ぎ、丹精を込めて打ったであろうそれを、使いこなせるようになりたい、と。
純粋に見てみたかった、この刀が活躍する様を。
「使いこなしてみせる、必ず」
俺の決意表明を最後に、武器選びは終わった。
そして、その日の夜、トビを交えた話し合いを行い、明日の朝に旅立つことを俺たちは決めた。