1話 キキ+あほう+少女=タイトル
「何を悶えてるんだ、キキ?」
「黙れあほうっ、お前のせいで悶えてるんだ!」
「人のせいにするなよ」
お前のせいなんだよぉぉぉぉ!!
「落ち着けってキキ。グリーンタイガー程度、オレが返り討ちにしてやんよっ」
グリーンタイガーって周囲を囲んでるやつのことかっ、なにを名前つけてんだよ!
「……お前、俺が逃げるまで囮になれ」
「なるほどな。オレが囮になっている間にキキが逃げるってわけか。さすがは智将キキだ」
いや、そう言っただろが、どうして繰り返したんだこいつは。というか智将とか止めてほしい。
あほうが意味不明なことをほざいてる間も、グリーンタイガー(仮)どもは包囲をじりじりとせばめていた。
「トビ、そろそろ来るぞ……」
「だな」
一歩、また一歩と、呻り声は迫ってくる。
正直、生きた心地がしない。
俺とトビは食い殺されるかもしれない。しかし、だからといって無抵抗で殺られるのはごめんだ。
ごくりと、俺は生唾を下した。
「なあ、キキ」
「なんだ?」
トビが俺と背中を合わせる。
「オレさ、生き延びることができたら二組のゆりちゃんに告白するよ」
それ、死亡フラグや。
あほうの死亡フラグに反応したのか、ついにグリーンタイガーどもが動き出す。長い牙をきらりと光らせ、雄々しく大地を蹴って一斉に飛びかかってきた。
「死んでたま――」
◆
少しばかり時をさかのぼる。
鏡乃神社で金子鳶春が呪文を唱えだしたころ、一人の少女がそれに気がついた。正確には膨大な魔力の奔流を感じ取ったのだ。
眠っていた少女は押しつぶされそうな感覚に、たまらず飛び起きる。
「これは……」
近い。それも、かなり。
思うが早く、少女は布団をはねのけて大きめのベレー帽を被ると、家を飛び出した。
わき目もふらずに少女は駆ける。速い、14歳である同年代の者をはるかに凌ぐ速さだ。
あの時と同じ、また、門が開こうとしている。行かないと。
ふと、少女の頭を親代わりたる好々爺の暖かい笑顔がよぎった。郷愁の念に胸がしめつけられる。少しばかり走る速度が落ちた。
ごめんなさい、おじいさん。でも、ミーニャは行かないと。
少女は下唇を噛むと、想いを振り切って決意の表情となり、走る速度あげた。
いくつか、珠の雫が夜風にのっていた。
少女にとって鏡乃神社は良くも悪くも思い出深い場所であり、また、見慣れた場所でもあった。
しかしながら、こんな異常な雰囲気を醸し出す鏡乃神社を見るのは初めてだった。
「これは……」
鳥居の前から見る神社は、魔力が渦巻く危険地帯となっていた。
まるでコントロールされていない魔力は、神社に張られている強力な結界を壊さんばかりに叩き、のた打ち回っている。
もしも魔力が結界を破って外に出たならば、魔力の耐性が低い人間族では、最悪、死にいたるかもしれないと彼女は恐怖する。事実、鳥居周辺でころがっている者達は、すでに意識がなく危険な状態であった。
「なんとかしないとっ」
少女は心を奮い発たせる。震える足を無理矢理に動かし、神社へと踏み入る。
とたん、飢えた猛獣のような魔力が彼女を襲う。
お気に入りのベレー帽が吹き飛び、舞い上がり、敷地内を無秩序に乱れ飛ぶ。しかし今はベレー帽などにかまっている暇はない。
少女は風に目を細めつつ、鳥居周辺で気絶している人を助けだすよりも、先に原因をどうにかすべきだと判断をした。
いくら強力な結界が神社に張られてるとはいえ、一人一人を助けていては結界がもたないだろうと考えたのだ。彼女の判断は正しく、すでに結界の限界は近かった。
心中で気絶している人たちに謝ると同時、無事であることを祈りながら輝く境内を目指す。
風にはばまれながらも、彼女は石段を駆け上がる。そして、
境内へと辿りついた彼女は目にする。
輝きが閃光へと変わる瞬間。
異世界へと来てしまった自分を救ってくれた、キキと呼ばれていた少年を――――
荒れ狂っていた風が、穏やかなものへと変わりつつあった。ゆっくりと、高密度の魔力が霧散していく。
境内には少女が一人。先程まで境内の中央にいた少年たちの姿は、そこにはない。
ペタンと、少女はその場に座りこんでしまう。
胸が高鳴っていた。茫然自失とは、今の彼女の状態である。
間違いない、あの人だ。一年前のことを思い出し、カッと顔が赤くなる。胸の高鳴りはいっそう大きくなっていた。
からんからんと、甲高い鈴の音が少女の耳に入ってくる。それで、はたと我に返る。
なにをボーっとしているんだ、こんなことをしている暇はない。思って彼女は立ち上がり、つい先程まで想い人が立っていた中央へと足を運ぶ。
「魔術陣……?」
お昼に来たときにはこんなものはなかったはずのに――と不思議におもいつつ観察をする。
「凄い……」
魔術に詳しくはないが、少しばかり心得のある彼女は感嘆のつぶやきを洩らした。
もはやそれは、魔術の域を超えた魔法陣とよべるものだった。魔術を極めた者だけが行使できる最上の術、それが魔法である。
まさか、魔術すら存在しないこの世界に魔法を使える人がいるなんて、と彼女は思う。
少女の元いた世界ではともかく、こちらの世界には魔術師や魔法使いなどはいない。ただ、でたらめに描いたものを魔法陣としてしまう奇跡的な阿呆はいるが。
「……陣が残っているのなら」
戻れるかもしれない。元の世界に、そして、あの人を助けないと。
決意をし、すっと目を閉じて集中をする。
足りない魔力は周囲で霧散せずに残っている分で補うとして、、して、、、どうしよう、世界を渡る魔法の詠唱なんて知らないっ。
うにゃあー、などと彼女は妙な呻き声を洩らす。
すると、唐突に彼女の呻きが途切れた。
そして彼女は唱えだす、知らないはずの呪文を。
世界の壁を超える魔法を。
まるで、何者かに操られているかのように。