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「ため息なんてついてどうしましたにゃ?」
RPGゲームみたいな冒険の旅にでなきゃならんのだ、そりゃあ、ため息の一つも出るというものだ。何せ、ゲームとは違って、セーブやリセット、蘇生ができない死んだら終わりのリアルだ。出来れば遠慮したい。
しかしだ、元の世界に帰るためには、グリーンラットのアンブロジウスという魔法使いに合わなければならない。合えても情報収集だけで終わってしまいそうな気もするが。
「なんでもない」
ミーニャに返事をし、旅に出るには何が必要かを考える。やはり、いちばんに思いついたのは武器、次にお金と食糧、テントや着替え、あとはキャンプなどで使う飯盒といった細細した物。地図なんかも必要だ。
「あ、そういえばグリーンラットって、オルベールから遠いのか?」
「二日ほどの距離じゃな。小童、旅に必要な持ち物は、儂が見繕っておいてやろう。武器や着替えは各自で用意してもらわねばならんがな」
「本当か? それは助かる」
「キキ、武器はゲローブの宝物庫から選んではどうだい? 大半は実用できる物じゃないけど、中にはお店では手に入らない業物や逸品があったよ。良い魔術道具もそろっていたしね」
「わかった、そうする。できれば、武器や魔術道具ってのに詳しいやつの助言がほしいんだが」
「それならば、ハンセンところのルイサに手伝ってもらうとええじゃろう」
「ルイサにか?」
「すでに知り合いであったか。ルイサは武器屋のハンセンの娘でな、将来は親の後を継ぎたいらしく、そっち方面の勉強をしておるのじゃ。知識だけならば、ハンセン以上じゃ」
「そうだったのか、それは知らなかった。じゃあ、ルイサに頼むかな」
「旅に必要な道具を見繕ったあと、儂が声をかけておこう。昼までには領主館に向かうでな」
「ああ、頼む。俺とトビはそれまでに個人的な物を用意しておく」
「うむ、これで決まりじゃな。にしても小童よ、ルイサに頼むと言ったときの顔、少し緩んでおったぞ」
「む……!」
隣りのミーニャから、何やら不穏なオーラを感じる……いや、きっと気のせいだ。
「キキさん。鼻の下を伸ばすのはどうかと思うのですにゃ。良からぬことを考えているのが丸見えなのですにゃ、にゃっ!」
なぜ、威嚇されなけりゃならんのだ。俺が何をしたってんだよ。
「ははは、いやあ、若いって良いものですね、アインデル翁」
「ほっ、まったくじゃ」
何が若さだ、意味のわからんことをいうな。
隣でぐちぐちとぼやいているミーニャを無視しつつ、俺はその日の食事を終えた。余談だが、トビは三十人ほどを呑み潰し、帰りに何度もゲロっていた。
翌日、俺は朝食を食べ終わると、オルタに用意してもらったリュックにきのう買った衣類を詰め込んでいた。トビは、「頭が痛い気分が悪い」と行動不能なので、トビの分も代わりに詰めてやった。
ミーニャとリーリエは朝食を終えると自室に戻ったらしく、何をしているのか不明だ。
まあ、どうでも良いことだ。その二人は俺とトビの旅にはついてこないのだから。
『キキさん、少し相談をしたいことがありますにゃ』
丁寧にノックを鳴らし、扉の向こうからミーニャが声をかけてきた。それに対し、「開いているぞ」と返事をした。
失礼しますにゃ、と部屋に入ってきたミーニャ。
「お忙しいですかにゃ?」
「ちょうど準備を終えたところだ、大丈夫だぞ。で、相談って?」
「あのですにゃ、ミーニャ、きのうは服を買ってないので、着替えは草原の家にあるんですにゃ」
「……そうか、それがどうかしたのか?」
「だからですにゃ、ミーニャ、リュックに詰める着替えが無いんですにゃ」
「リュックに着替えって……お前、俺とトビについてくるつもりか?」
旅支度ができなくて困っている、ということだろう。
しかしだ、ミーニャが俺とトビについてくる理由がわからない。俺とトビは元の世界に帰る情報を得るため、グリーンラットへと旅に出る。けれども、ミーニャの世界はここなのだから、俺たちについてくる理由がないのだ。
「当たり前のことを訊かないでほしいですにゃ、当然ついていきますにゃ」
「どうしてついてくるんだよ」
「それは、それは、それは……?」
俺に訊かれても困る。
「なんとなくですにゃ」
「あのな、この世界に魔物がいるのは知ってるだろ。それなのに、なんとなくで危険な旅についてくるあほうがいるかよ。理由がないのに命をかけるな」
遊び半分でついてこられると困る。それに、一人増えるだけで旅の資金や食糧の消費が増えるしな。
「キキさん……ミーニャのことを心配してくれてるんですかにゃ?」
「いちおうな」
本当は資金繰りのほうを心配しているんだが。
「嬉しいですにゃ……ミーニャを心配してくれてるだなんて……ふにゃ」
甘々なデザートを食べているかごとく、ふにゃふにゃした顔でふにゃふにゃと言っているミーニャ。気持ち悪い、勘違いお疲れ様と言いたい。
「でも、ミーニャなら大丈夫ですにゃ。なぜなら、こう見えてミーニャは獣人族の戦士ですし、しかも、補助魔法も使える万能戦士ですにゃ。魔物なんかに退けはとりませんですにゃ」
先程とはうって変わり、ミーニャは豊満な胸を反らして自慢げに言う。
真偽はどうであれ、戦力になるのならば、消費うんぬんを差し引いて連れて行っても良いんだが、いかんせん、ミーニャは面倒くさい。とつぜん拗ねるし怒るし威嚇してくるしで、一緒に旅をしたくはない、というのが本音だったりする。
旅先で何をしでかすか分からないトビ、ときたま意味不明の態度をとるミーニャ。三人で旅をしたら、きっと俺はストレスで死ぬ。そんな気がする。
「ミーニャあ! リーリエ、旅の準備おわったぞ!」
と、元気よく部屋に現れたリーリエ。どうやら、こいつもついてくる気らしい。
「お利口さんですにゃ、さす――」
「リーリエ」
「ん? キキは旅の準備おわったか?」
無邪気な笑顔で訊いてくるリーリエ。しかし、俺はこれからその笑顔を曇らせなければいけない。
こればかりは自分のためじゃない。