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「やあ、我らが街の友人。それと、英雄の二人とミーニャ君」
「こんばんわですにゃ、オルタさん」
「英雄はやめてくれ。恥ずかし過ぎる」
「オルタ、この街の女は凶暴だな」
頬をさすりつつ、何食わぬ顔でトビがそんなことをのたまった。
「ほっぺたが腫れているけど、、」
「おっぱい触らせてくれって言ったらぶたれた」
「ほっ、若いのう」
アインデル、だったな、がにこやかに口にした。
「なんだじじい、お前はおっぱい触りたくないのか」
「若いときに揉み飽きたでな、今はさして興味がないのう」
酷い返しだな、おい。
「マジか、どんだけ揉んだんだ?」
「ざっと二百くらいかのう」
「すげえ…………弟子にしてくれ!!」
何を学ぶ気だ貴様は。異世界でしょうもないこと学ぼうとするなっての。
「じーじ、おっぱいってどうやったら大きくなるか知ってる?」
「リ、リーリエちゃん、女の子がお……そんなはしたないことを言ってはだめにゃ!」
リーリエの質問が突然すぎる。そもそも、どうして胸の話題になってんだよ。
「そうじゃのう。良く食べて良く運動し、良い子にしておれば大きくなるやもしれんぞ」
「そうか! リーリエ、いっぱい食べていっぱい運動して、良い子にするぞっ」
上手いことまとまった……のか? まあ、年の功を感じる言いまわしだったな。
「師匠、ちん――」
「はーいストップストップ。しょうもないことを訊こうとするな、あほう」
「しょうもなくないっ、キキはいいよな。でか――」
「それ以上口を開いたらお前を殺す」
「はい、ごめんなさい」
まったく、人が気にしていることを……
「みんな仲が良くて結構なことだ。それはそうと、キキ、私とアインデル翁は食事に来たんだけど、一緒にどうだい?」
「それで外に出てたのか。むしろ俺が頼みたいくらいだ」
「そうか、それじゃあみんなで食事と行こうか」
おおー! なんて声をあげるあほうと女二人。無駄に元気だ。
賑やかな喧騒に満ちた酒場。
いたるところから笑い声が聞こえ、どこのテーブルも大盛り上がりだ。それは俺たちのテーブルも同じで、トビを除いて全員が話しを弾ませていた。
ちなみにトビは、
「おらっ、どうよ! 酒豪王、トビ様とはオレのことだ!!」
まったくもって経緯は不明だが、いつの間にかいなくなっていると思ったら、他の客を巻き込んで飲み比べをしていた。
ちょっとしたイベントになっていて、すでにトビは五人も潰している。
「いやあ、トビ君は強いね。もしかしたら、異世界のお酒はこちらの世界よりもアルコールがきついのかな?」
「さあ、どうだろうな。酒のことは良く分からん」
「トビさんには人を惹きつける魅力がありますにゃ、いつも人の輪の中心にいますにゃ」
「良くも悪くもだけどな」
言って野菜炒めのような料理を口にする。そしてミーニャに抱かれて眠るリーリエに視線を変えた。
「良く眠っておるでな」
真っ白なアゴ髭をしごきつつ、じいさんが口にした。その目は孫を見ているかのように優しげだ。
「だな。今日はけっこう歩き回ったし、疲れてたんだろう」
「左様か。儂の自宅はちと遠いでの、行ったあげく無駄足を踏ませてしもうたの」
「それが、じいさんの家には行って――って、俺たちが訪ねることを知ってたのか?」
「ああ、それはだね。アインデル翁が領主館に足を運んでくれたので、私が言ったんだ」
「そうか。ちょうどいい、色々と話を聞かせてほしいんだが、いいか?」
「構わんよ。そのかわりと言ってはなんじゃが、領主館に戻ったらオルタから本を受け取って読んでほしいのう」
「あー……悪い。俺はこの世界の文字が読めないんだ」
「ふむ、そうであったか。ならば、読み書きを覚えて読んでほしい」
「わかった。読んで感想を聞かせればいいんだな?」
「うむ。して、儂に訊きたいこととは?」
本を読んで感想を聞かせて欲しい。などと妙な頼みをするものだ、と思いながらも俺は質問をすることにした。
「単刀直入に訊くが、元の世界に帰る方法、もしくは異世界に行く手段を知らないか?」
この世界には世界間の移動といった技術は確立されていない、と、以前ミーニャに訊いたので、今回は裏ワザ的なものがないかを訊いてみた。長い年月を生きてきたじいさんなら、もしかしたらそういったことを知っているのではと思ったのだ。
「ふむ、そうじゃな……一つ、可能かもしれぬ方法に心当たりがあるの」
「本当かっ」
「わっ、キキさん、落ち着いてくださいにゃ」
「ああ、悪い……」
勢いあまって乗り出してしていた身体を元の位置へと戻す。ダメもとで訊いてみたので、これはかなり嬉しい。
「それで、心当たりって?」
「うむ、『古代魔法』じゃ」
「古代魔法?」
名前からして、遥か昔に使われていた魔法ってところだろうか。
「『マナ』の濃度が高かった古代の時代に使われていた、失われた秘術のことじゃ」
「ちょっと待ってくれ、マナってなんだよ」
「それはミーニャがご説明いたしますにゃ。マナ、というのは魔術や魔法の元となる自然エネルギーで、空気のようなものですにゃ」
つまり、魔術や魔法を使うにはマナが必要不可欠ということだ。車で例えるならば、マナはガソリンといったところなんだろう。
「分かりやすい説明だ、助かる」
「ふにゃ……喜んでもらえて良かったですにゃ」
ミーニャは褒められて嬉しいらしく、ふにゃんと耳が垂れ、尻尾がぴこぴこと動いていた。感情表現も実に分かりやすい。
「じいさん。失われた秘術ってことは、今の時代には使える人がいないってことか?」
「左様。高濃度のマナを基準にして創られた古代魔法ゆえ、濃度の薄くなった現在では行使できぬ」
「じゃあ、濃度が足りていれば使える人はいるのか?」
「ふむ……アンブロジウスならば使えるやもしれん」
「誰だそれは、そもそも名前か?」
「元・王都所属の研究者で、数少ない魔法使いだよ」
オルタが口を挟み、続ける。
「アンブロジウスはマナの自然定着理論を編み出した人で、これによって一部の物にマナを溜めることができるようになり、魔術師でなくとも魔術道具を使えるようにしたんだ」
「ようは、この世界の人々の生活を豊かにした魔法使いってことだな?」
「簡単に言ってしまえば、そういうことだね」
俺たちの世界で言うところの、エジソンやライト兄弟みたいな人だ。というか、自然定着なんちゃらとか専門的なことは勘弁してほしい。
「アンブロジウスはマナ研究の第一人者であり、古代魔法も研究しておった。まずは合ってみてはどうじゃ?」
今は使えないとはいえ、古代魔法とやらが元の世界に帰る手がかりならば、それについて詳しいことを知っておくべきだ。
可能性とは、自らで見つけるものなのだから。
「そうだな、そうする。どこに居るんだ?」
「今は隠居して、故郷のグリーンラットという街にいるんじゃないかな?」
って、この街には居ないのかよ。ということはだ、魔物なんていう危険極まりない生物がいる街の外に出なければならないわけだ。
最悪だ。何が悲しくて、命をかけた冒険の旅をしなきゃならんのだ……