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「ミーニャがリーリエちゃんに一生懸命説明しているあいだ、キキさんはルイサさんとキャッキャニャニャにゃですか。い~ご身分ですにゃあ」
キャッキャニャニャにゃってなんだよ、ウフフの間違いだろうが。
「キキさんってば、女たらしですにゃあ~~」
なんなのこいつ、トビレベルでウザいんだが。もう死んで欲しい。
「お前、何を怒ってるんだよ。もしかして嫉妬か?」
「ち、違いますにゃっ!」
「デレツン萌えー」
っと、いつの間にか側にいたトビが気持ち悪いことを言い出した。隣りにはリーリエもいる。
「キキ。男はみんな人形のお腹の下に穴を開けて、気持ちいいことをするらしいな!」
「トトトビさん!! なんてことを教えてるんですかにゃっ」
なんだよ、ミーニャのやつ、答えられなくてけっきょくトビに振ったんじゃないか。
「オレは本当のことを言ったまでだ、文句あんのか?」
「文句しかありませんにゃ!」
こう言ってはなんだが、トビに振ったミーニャが悪い。
そして、トビとミーニャのくだらない口喧嘩が始まった。
俺はあえて言いたい。
「どうしてこうなった、と」
俺ら、服を買いにきただけなんだぜ?
「キキさんもトビさんも最低な人ですにゃ。もうえっちえっちですにゃ」
誰か、後ろで意味の分からんことを言っているクソ猫を引き取ってもらえないだろうか。
あの後、トビとミーニャの口喧嘩の仲裁には入らず、俺はリーリエとルイサと適当に服を選んで買い、さきほど、ルイサとは服屋の前で別れた。
で、今は武器屋に向かっている途中なんだが……
「人間族の男性はみんな変態ですにゃ。獣人族は紳士で戦士なのに、えらいちがいですにゃ」
などと、後ろの猫は服屋を出てからぶつくさと言っており、トビは買った服を物色しながら歩いていた。
リーリエは誰かと出歩くということが楽しいらしく、終始笑顔で音程もクソもない鼻歌を唄っている。かく言う俺は、このメンツで武器屋などという危険地帯に出向いてもよいものか、と頭を悩ませていた。
そんなことを考えているうち、ルイサに教えてもらった武器屋に到着。
悩んでいてもしょうがないので、中に入る前に釘を刺しておくことにする。
「トビ」
「んー?」
「んー、じゃない。武器屋に着いたぞ」
「お、いつの間に。服に夢中で気づかなかった」
「ああそう、中に入る前に言っておくことがある」
「なんだ、どうした。愛の告白か?」
俺はノンケだ、あほう。
「違う。いいか、お前は武器にいっさい触るな。そして、俺の側から離れるな」
おおっとお、なんだか告白みたいになってしまったではないか。しかし、こうでも言っておかないと、こいつは何をしでかすか分からんのだ。
「わかった。オレを側に置いておきたいんだな?」
「気持ち悪い言い方をするな」
「キキー、トビー。早く中に入ろう」
「……そうだな」
「いらっしゃあーい!!」
武器屋に入ると、店主の豪快な声に出迎えられた。
武器屋というだけあって、中には様々な武器が置いてある。
剣に槍に薙刀に弓……さすがに銃は置いていないが、他にも色々とある。こういった店は初めてなので、かなり新鮮だ。
「おお!?」
「かっけー、武器かっけえ!!」
予想通りの反応を見せるリーリエとトビ。中には旅人と思わしき客が居て、騒ぐ二人を何事かと言わんばかりに見ていた。
「気持ちは分からんでもないが、あまり騒ぐな」
って興奮しすぎて聞こえてないな。あのテンションだとリーリエもいらないことをしそうだ。
「ミーニャ。俺がトビの面倒を見るから、お前はリーリエがいらないことをしないよう、見ててくれないか?」
「そうやって、ミーニャのいないスキに、また別の女の子と仲良くするんですにゃ。いやらしいにゃ」
お前は彼女か。しっぽ引き千切るぞクソ猫が。
「店内を良く見ろ。お前とリーリエ以外に女性はいないだろうが」
「そんなことには騙されませんにゃ。こっそりと外に抜け出すのは目に見えてますにゃ」
目ん玉えぐるぞあほう。
「そんなことはしない。一人でトビとリーリエの面倒を見るのはつらいんだ、だから頼む」
「嫌ですにゃ」
言って、ぷいっとそっぽを向くミーニャ。
「さっきから何を怒ってるんだお前は。意味が分からないぞ」
いい加減ミーニャの態度が腹立たしくなってきた俺は、少しばかりきつめの口調で言ってしまった。
「にゃ……」
みるみるうちにオッドアイの瞳が潤んでいく。
おいおい……まさか泣くんじゃないだろうな。ちょっと口調がきつくなっただけだぞ。
「あ、ヤベ」
不意にトビの声が聞こえてきた。その瞬間――
側頭部に衝撃がはしり、ぷっつりと意識が途絶えた。
◆
キキが武器屋で気絶したころ。
政務に励むオルタのもとへと、アインデルが訪ねて来ていた。
「忙しいところすまぬの」
「いえ、ちょうど休憩をとろうと思っていましたので」
オルタは言いながら、飲み物の入ったカップをガラステーブルに置く。
カップの中には高級の葉を使用した飲み物が入っている。以前、オルベールを訪れた行商人からゲローブが購入したものだ。
「ほう。この色はグリーンラッド産の葉かのう?」
「当りです。貴族の御用達だというのに、さすがはアインデル翁です」
「今でこそ貴族にしか買えぬ代物じゃが、昔は誰にでも買える物だったでな」
「そうでしたか。いやはや、知りませんでした。ところで、本日はどのようなご用件ですか?」
アインデルがオルタのもとへと訪ねてくるのは珍しいことだ。
アインデルは御年八十と五になるため、腰の具合が良くなく、あまり外を出歩かない。そのため、アインデルが自ら訪ねてきたことにオルタは疑問を感じていた。
「実はの、異世界の小童に渡したいものがあってな」
「申し訳ありません、いま、二人は買い物に出かけています。それと、買い物がすんだらアインデル翁に合ってみてはどうかと、私が勧めてしまったので、もしかしたらご自宅のほうへと向かっているかもしれません」
「そうであったか。では、小童らが戻って来るまでここで待たせてもらってもよいかの?」
「ええ、喜んで。それで、渡したい物とはどのようなものでしょうか」
「うむ、これじゃ」
ゆったりとしたローブの懐から、アインデルは一冊の書物を取り出した。随分と古びており、黄色く変色した表紙からは相当な年月を感じさせる。
ガラステーブルの上に置かれたそれを、オルタは目を細めて見る。
「ノ……スト……ラ物語……ノストラ物語?」
「うむ。儂が産まれるよりも前に流行った、『チキュウ』という異世界を舞台にした物語じゃ」