2話 あほう+にゃ+妖精=キキのストレス
異世界にきて記念すべき一回目の朝は、オルベール領主館の客室で迎えた。
そして、俺はベッドの中できのうのことを思い出して頭を抱えたくなった。
きのう、オルタが領主に就任したという報せは電光石火で街の住人に伝わり、急きょ、街をあげた祭りが行われた。
通りにはいくつものテーブルが並べられ、その上には数々の料理やお酒といったものが置かれ、一時間も掛からぬうちにバカ騒ぎは始まった。
最初は良かったんだ。この世界の楽器で奏でられる陽気な音楽を聞きながら、俺はミーニャと一緒に異世界のメシに舌鼓をうっていて、ゆったりと祭りを楽しんでいた。
街の人たちは積極的に話しかけてきてくれて、色々な話を聞かせてもらったし、俺の世界の話も色々とした。
キキ様、なんて、同い年の女の子に様づけで呼ばれて恥ずかしかったりもしたが、まあ、悪い気分ではなかった。良く分からんが、なぜかミーニャはムッとしていた。
ああ、楽しかったよ。あほうとリーリエが乱入してくるまではな。
俺が、ルイサという女の子と雑談に興じているとだ。
どこからか、「誰かその人を捕まえてくれ!」、なんて声が聞こえてきた。見てみると、上半身裸で包帯を巻いたあほうが、リーリエを肩車しながらこちらへと向かって来ていた。
「祭りだっていうのに寝てられるかっ、バカめ!」
バカはお前だ。怪我人は大人しくしとけっての。
「リーリエを仲間外れにするなんてズルいぞ!」
いや、お前は怪我人じゃないじゃないんだから普通に参加しろよ。余計なもん連れてくるなよ。
「キキはどこだっ、キキを出せ!」
「トビ! あそこにいるぞ、ミーニャも一緒だ!!」
隠れていれば良かった。後悔先に立たずってか。
「キキぃぃぃいぃぃ!」
叫びながら突進だ、文字通り突進な。俺の隣りで話していた女の子が見事テーブルにダイブだよ。
「ナイスですにゃっ」
吹き飛んだ女の子を見て、グッドポーズを決めてミーニャがそんなことを言っていた。意外とひどいやつだ。
「キキ、どうして祭りのことを言わなかったんだ」
「急きょ行われた祭りだし、なにより、お前は治療中だろうが」
「リーリエは治療中でははいぞ、リーリエには声をかけてほしかったぞ!」
俺は保護者じゃないっての、いちいち伝えに行くかよ。
「や、やっと追いついた」
トビを追いかけてきたのだろう。俺たちのところに中年のおっさんがやってきて、乱れた息を整えている。
「出たな、医者やろう」
「医者? 僕は医術師だよ。それより、早く院に戻って安静にしていてくれ。出血は止まったけど、君は血が足りないから動き回れる状態じゃないんだ」
「馬鹿めっ、オレに血など必要ないわ!」
「いや必要だよ!」
「うるせえ!」
正論いったのに殴られるとか、おっさん可哀そう過ぎる。さらに周りで飲み食いをしていた者に大爆笑されていた。
俺は同情するよ、おっさん。
「オレ、祭りに参加してもいいよな、な? キキ?」
「別にかまわんが、走ったり暴れたりはするなよ?」
「任せろ!」
返事だけは良いんだよな……
もちろん、トビが自重するわけもなく、騒ぎまくっていた。
飲むわ食うわ歌うわ踊るわ、物は壊すわ人わ投げるわと、騒ぎまくるまくる。あげくの果てに、やはり血が足りなかったらしく、気絶して医術院とやらに運ばれていった。
盛り上がりはしたが、トビの被害にあった者は多い。まあ、祭りでの出来事だ。誰も怒ってはいなかったが。
今日はトビの様子見がてら、医術院とやらに行って、トビに殴られたおっさんに謝っておくことにする。
俺は簡単に予定をたて、寝心地が悪いベッドから出た。
「キキ、朝ご飯だ!」
あてがわれた客室を出ると、長い廊下を、とたとたと走ってきたリーリエに声をかけられた。まるで俺が朝飯のような言い方だ。
「そうか、どこに行けば食える?」
「リーリエが案内する」
「頼む」
領主館で一夜を過ごしたとはいえ、まだ俺は館内のことを把握してはいない。きのう、オルタに客室をあてがわれたあと、俺は見て回る体力がなく、すぐに寝てしまったからだ。
「キキ、迷子になるかもしれないから手をつなごう」
「断る」
「!?」
手をつなぐ理由が分からん。リーリエが先導をしてくれたら事足りるし、わざわざ手をつなぐ必要がない。
「迷子になってもいいのか?」
「そもそも、迷子にならない」
「……手をつないだら、リーリエともっと仲良くなれるのになあ」
ときおり、上目使いでチラチラと俺を見てくるリーリエ。そんなアピールいらないから。
「ああそう。それよりも早く案内してくれよ」
「……」
「……」
無言で見つめ合う俺たち。
「嫌だっ!!」
なにっ!?
言うなり走り去って行くリーリエ。これだから子供ってやつはっ。
俺はリーリエを追いかける。何せ、館はけっこうな広さがあるため、見失うと朝食にありつけなくなる。
走ること数分、リーリエはどこぞの部屋に飛び込んでいった。俺もすかさずその部屋へと入って行く。
「おや、キキ君。良い朝だね」
中ではオルタが書類を片手に、優雅に食事をとっていた。
十メートルくらいだろうか、の長さのテーブルには純白のクロスが掛けられており、その上には朝食とおぼしき物が乗っている。西洋貴族の食堂、といったところだろう。
「あまり良いとは言えないな」
ふわふわの寝具に慣れている俺は、こちらの世界の寝具は堅かった。さらには、起きて早々に追いかけっこをさせられたため、これで良い朝とは言えない。
オルタの対面に座る。
「ミーニャあ、キキが、キキがぁ!」
「照れてただけにゃ、さぁ、リーリエちゃんも朝ごはん食べようにゃ」
リーリエはエプロン姿のミーニャに抱き着いており、ミーニャは困った表情で慰めの言葉をかけていた。
「キキ。今日の予定は決まっているかい?」
ミーニャたちを見ていると、書類に目を向けたままにオルタが話しかけてきた。
「とりあえず、医術院とやらにトビの様子を見に行くつもりだ。できれば、医術院に案内して欲しい」
俺は目の前に置かれている朝食に手を付ける。まずは飲み物をすすった。
「すまない。領主に戻って初めての日だからね、やることが多くて付き合うのは無理そうだ」
「そうか。なら仕方がない」
「良ければミーニャが案内しますにゃ」
「リーリエも案内するぞ!」
二人は席に着くと、案内役を買って出てくれた。正直いって遠慮したいが、背に腹は代えられない。
「わかった、頼む」
「はいですにゃ」
「うむ!」
笑顔でうなづく二人。はっきり言って不安だ。なにより、うるさくなりそうで嫌なんだよな。
「トビ君に合ったあとは、街で買い物をしてくるといいよ」
「お金は持たせてくれるのか?」
「無論だとも。買い物をしたあとは、アインデル翁に合ってくるといい」
「誰だ、それは」
「きのう、妖精の雫をゆずって下さったおじいさんですにゃ」
言われて思い出す。あの、髭の長い老人かと。
「アインデル翁はなかなかに博識なお方でね、もしかしたら、元の世界に帰る方法を知っているかもしれないよ」
さすがはオルタだ、俺の求めていることを良く分かっている。
内心で感謝し、俺は早々に食事を済ませることにした。