10
「連れてけ」
「は、」
俺の命令を素直に聞き、騎士たちはぴくぴくと痙攣しているゲローブを牢屋へと連れて行く。いや、牢屋がどこにあるのか知らないけど。
「キキ君」
殴って痛む手をさすっていると、オルタが俺に声をかけてきた。ミーニャも一緒だ。
しかし、まずは話よりもトビが先だ。
「悪いんだが、話は後にしてくれ。怪我人がいるんだ」
「トビさんなら、すでに街の人たちが医術院、キキさんの世界でいうところの病院に運んで行きましたにゃ」
「そうか、対応が早くて助かる。リーリエは?」
「リーリエちゃんはトビさんに着いていきましたにゃ」
大丈夫か大丈夫か、と涙目で付き添うリーリエの姿が浮かぶ。あいつのことだ、まあ、死ぬことはあるまいて。
「キキ君、改めて自己紹介をしたいんだけど、いいかい?」
「ああ、頼む」
「私はオルタ、この街、オルベールの元領主にして元貴族だった者だ」
「喜衛嬉々、呼び方はさっきみたいにキキで頼む」
言って俺は手を差し出した。はたして、この世界に握手はあるのだろうかね。
「わかった、キキ」
オルタは片方しかない手で、がっちりと握手を交わした。握手ってのは世界共通なのかもな。
「君とトビ君のことは、ミーニャ君から少しだけ聞かせてもらったよ。なんでも、異世界から来たらしいね」
「ん、まあな。って信じるのか?」
自分で言うのもなんだが、うさんくさいと思うんだが。
「信じるさ。危険をかえりみず、友人のために無茶をするような君だからね」
きらりとオルタの歯が光る。なんというさわやかスマイルだ、さぞ、モテることだろう。友人のため、というのは違うんだが……まあ、別に訂正する必要もないだろう。
「しかしだ、随分と綱渡りだったね。あまり関心のできるやり方じゃあないね」
「そうですにゃっ、凄い心配したんですにゃ!」
「悪い悪い。で、お前らはどのあたりから見てたんだ?」
ミーニャには適当に謝っておき、俺は気になっていたことを訊いた。
俺がゲローブに階位を聞かれ、答えられずにピンチにおちいったところでオルタたちがやってきた。しかも、窮地を脱する見事な合の手をたずさえてだ。これを偶然という一言でかたずけてしまうのは、いささか無理があるというものだ。
間違いなくどこかで状況を見ていた、と考えるのが妥当だろう。
「キキが、貴族だ、と名乗ったあたりからだよ。それまでは仲間を集めていてね」
「街に出ていた騎士が領主館に引き上げたのを見計らって、合流した……というところか?」
でないと、これだけの武装集団が集まることはできないはずだ。
「正解だ。本当はすぐにでも敷地内に乗り込むつもりだったけど、なにやら君が面白いことを言っていたのでね。機会を窺ってから乗り込んでいったんだ。その結果、誰も死なずに済んだので最良の機会で乗り込めたと思っているよ」
「結果だけ見ればな」
「その結果が重要じゃないか。それにしても、キキの状況把握と機転の良さには舌を巻いたよ」
オルタの言葉を訊いた街の人々が、「貴族を相手に度胸があるよ」「金と街を奪うだなんてたいしたもんだ」「スカッとしたよ!」などと口々に言い出した。貴族、というよりは、ゲローブの嫌われぶりがよく分かる。
褒められて悪い気はしないが、こう、背中がかゆい。
「これからキキはどうするんだい? オルベールの領主として、私たちを導いてくれるのかい?」
ピタリと、街の者達が黙って静かになった。
まあ、答えは決まっているよな。
「やるわけないだろうが、あほう。これはお前にやるよ」
言って認可状をオルタに手渡した。
「……そうか。残念だ」
「言うまでもないが、目立った政策をとらず、ゲローブからあんたに変わったと王都に知られなければ、オルタが統治していても問題はないはずだ。ゲローブの処遇だが、任せるよ」
「そうだね。でも、私で良いのだろうか?」
「それを訊くのは俺じゃないだろ」
あごをしゃくり、オルタの後ろを差す。
オルタは振り返って街の住人を見回す。
そして、ゆっくりと口を開いた。
「……私が不甲斐ないせいで、ゲローブなどという下賤な輩に街を奪われ、重い税を課され、皆を苦しめてしまった。もう一度、皆が機会をくれるなら、私は、オルベールの領主となって、共に歩んでいきたい。どう、だろうか?」
しばしの静寂のあと、歓喜の声が響き渡った。
空気が震える。喜びだけが満ち溢れている。
ずっとこの時を待っていたのだろう、オルベールの住人達は。
いつかゲローブを追い出し、また、オルタが街を治めるこの日を待ち望んでいたのだろう。
鳴り止まぬ歓喜の声を聞きつつ、俺は一人そう思っていた。と、
「キキさん」
ミーニャが声をかけてきた。
「どうした。お前も街のやつらに混じって叫んできたらどうだ?」
「キキさんは混じらないのですかにゃ?」
「俺は関係ないだろ。この街の住人でもなければ、この世界の人間ですらないんだ」
「でも、こうして皆さんが喜べるのはキキさんのおかげですにゃ」
「否定はしない。けれども、俺が貴族に喧嘩を吹っかけたのは街の住人のためじゃない、オルタが領主になったからといって、別に嬉しくもなんともない」
「リーリエちゃんが悲しんでいたから、ですにゃ」
分かっていますよ。とミーニャは言いたげに、隣りでにっこりと微笑んでいる。
「結局は、俺がムカついたから。ってのが正解なんだがな」
それが本音だ。
珍しいという理由で物扱いされた者が目の前に居て、そして泣いていたら腹の一つや二つも立つってものだろう。強姦された子供が目の前で泣いていたら、と考えると分かり易いかもしれない。
言い訳だ。頭に血を昇らせ、後先考えずに行動した事への。けっして良いことではないから……
もしかしたら……俺はトビ以上に単純なのかもしれない。
「もしも、」
自分の短絡的思考に呆れていると、なにやらミーニャが聞きたそうにしていた。
「もしも、なんだ?」
うつむき、恥ずかしそうにしているミーニャ。なんだ、また優しくしてくださいとか気持ちの悪いことをぬかすんじゃなかろうな、こいつは。
「もしも、もしも……ミーニャがピンチになったら、白馬に乗って助けにきてくれますかにゃ?」
行くかボケぇ、どんだけメルヘンなんだよこいつ。助けに行くんなら戦車に乗っていくわっ、なんなら白く塗ってから行ってやるよっ。
「白馬は無理だ。でも、ま、トビと一緒に助けに行く可能性はゼロではない」
「そこは100%助けに来てくださいよぅ」
何が「よぅ」だ。気持ち悪い、ぶりっ子が。殺意の波動が目覚めるだろうが。
いじけてしまったミーニャを他所に、いつの間にか、「祭りをするぞ」と騒ぎ出している街の住人に目を向ける。
俺とトビがこれからどうするのか、どうやったら元の世界に帰れるのか、考えることは多々ある。あるが、取りあえず、それは祭りが終わった後に考えることにする。