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「落ち着くんだっ!」
続いてオルタが喝破し、オルタ側は動きを止めた。
「止まるでない、行けっ、平民どもを切り捨てよっ!!!!」
一度は怯んで動きを止めたものの、騎士たちはクソ貴族の叱咤で、再度、剣に力を込める。
無理か、止まらないかっ。
「キキの言葉に反するはマーロン公に反するも同義ぞ!!!!!」
今度は騎士に向けられたオルタの喝破、ピタリと、騎士たちが動きを止めた。
なるほど、クソ貴族よりもマーロンって人のほうが位が上なわけか。
「オルタの言う通りである、私の言葉はマーロン公の言葉と思えっ。お前もだ、良いなっ」
オルタにすかさず追従し、さらには騎士たちだけでなく、デブにも言い含めておく。
「う、ぬ……」
ひしゃげた声で呻くデブ。
少し冷やっとしたが、これはいい具合に展開が転んだものだ。いま、この瞬間、俺の立場はこの場にいる誰よりも上になったのだ。
「……オルタ。街の者に口止めをした話とは、どのような話なのだ?」
場が静かになったのを見計らい、さきほど中断された話の続きを促す。
「その話をする前に、まずは見て欲しい子がいるんだ。リーリエ、さあ、こちらへ」
「リ、リーリエか!!!?」
突然の指名にリーリエはぴくりと反応し、怯えた様子でミーニャの後ろに隠れてしまった。
「オルタ、なんだか、怖いぞ……」
空気の読めないやつだな、いや、今の状況を理解できてないのか。
「キキ、彼女は見ての通り、、、妖精族だ」
うん、知ってる。知ってはいるが、リーリエが自分のことを珍しいと言っていたので、知らない風を装ってオサレに驚いておくことにする。
「なん……だと……?」
「そこにいるゲローブはね、他種族である妖精族の彼女を物のようにあつかい、さらには手をあげた。キキなら、これがどういう意味か分かるね?」
ようは、ゲローブのしたことが妖精族に知られたら大問題ってことだ。
「なるほど。外交問題を避けるため、オルタは街の者を口止めをしたわけか」
「そういうことだよ」
「と、言っておるが、実際はどうなのだ。デブ……ではない、ゲローブ」
「そのようなこと、嘘に決まっておろう。証拠はあるのか、、オルタ!!」
頭の悪い悪人ってのは、すぐに証拠を出せだの見せてみろという。まったく、なってないな、ここは俺が賢い悪人ってのをみせてやろうか。
「ゲローブよ。証拠などはどうでも良いことだ」
「それは、どういう意味だ」
「証拠というものは作るもの、と言っているのだよ」
「金と権力にものを言わせ、捏造するつもりか、貴様」
みるみるうちにゲローブの顔が赤くなっていく。すんごい怒ってらっしゃるよ。赤いカエルみたいだ。
「落ち着きたまえ。いいか、その逆も可能だということを忘れてはいかんよ?」
俺に金を積めば、証拠があったとしても無かったことにしてやる。そう言ってるわけだ。
「は……そうか、そういうことか」
俺の意図を理解したゲローブに笑みがこぼれだす。一言でいおう、気持ち悪いと。
「いくらだ、いくらだせばいい?」
「今回は金以外のものにしようか。そうだな、領主館ではどうだ?」
「領主館だと? つまり、オルベール領主の座をよこせということか?」
「理解が早くて助かるね」
「いいだろう。このような辺境の地などくれてやるわ。もとより王都に戻りたかったのだ、ワシは」
言うなり、ゲローブは懐から丸められた紙を取り出した。
「オルベール領主の認可状だ、受け取れ」
「ああ、すまないな。しかし、、手続きなどは必要ないのか?」
本来、こういった引き継ぎには面倒な手続きが必要で、正式な許可がないとダメだと思うんだが。
「王都に戻ったらワシが手続きをしておく、なに、金を積めば万事巧くいく」
王都に帰られると、俺が貴族じゃないことがバレるじゃないか。帰すわけないだろうに。
「ああ、分かった。それよりゲローブ」
「なんだ、まだ、何かよこせと言うのではあるまいな?」
言わないっての。
だって、お前にはもう、何もないんだから。
「早く敷地内から出て行け」
「分かっておる。荷物をまとめたらすぐに出ていくつもりだ」
「どこに行くんだ、出口は向こうだぞ?」
館に向かおうとするゲローブをに向かって言い放った。ゲローブは、どういうことだと言いたげに俺を不思議そうに見つめている。
「……そうか、そういうことだったのか。キキはとんでもない詐欺師だな。お金に目が眩んでしまったのかと、少しばかりあせってしまったよ」
静かに事の成り行きを見守っていたオルタだが、俺の目的に気がついたらしく、声をあげて笑い出した。彼以外はいまだに気が付いておらず、一様にぽかんとしている。
「おめでたい頭だな、クソ貴族。お前にはまとめる荷物なんて有りはしないんだよ」
口調を変えておく必要もなくなり、俺は元の口調へと戻して言う。
「急に話し方を変え、貴様は何を言っておる。館にはワシのコレクションや財産、荷物が置いておる」
「あほうなことをぬかすな。領主館内の敷地にあるものは全て俺のものだろうが」
「あほうなことを言っているのは……まさか……ワシを、、はめたのか?」
いまさら気づいたのか、あほうが。賢い悪人ってのはな、合法な手段で奪うんだよ。
認可状を持つ領主たる俺が、領主の持ち物たる館に入るなと言えば、たとえゲローブですら入ることは許されない。
「貴様っ、いくら街の領主だとはいえ、好き勝手できるわけではないぞ! 王都にて貴様を査問会議にかけてくれるわっ」
わかってないな。領主だということは、こんなこともできるわけだ。
「騎士隊に命令する。そいつを捕えて牢屋に放り込め」
「し、しかし、、相手は貴族のゲローブ様です、そのようなことは……」
難色をしめす騎士たち。けれども、渋るのは予想通りだ。
「何を言っている、ゲローブなどという貴族は聞いたことがない。そいつはただの侵入者だぞ」
「き、貴様……!!!!!」
「お前らは領主たる俺の言うことが聞けないのか? 命令違反で首を跳ね飛ばされたいのか?」
「い、いえっ」
「なら、早く侵入者を拘束して牢屋に放り込め」
「はっ」
命令に従って騎士たちが一斉に動き出す。そして、ゲローブの両腕を掴むとずるずると引きずって行く。
「は、離せ、離さぬかっ」
わめき散らすゲローブを見つつ、俺は、一つ忘れていたことを思い出した。
「待て、止まれ」
騎士たちを呼び止めると俺はゲローブに近づく。
「歯を食い縛れ」
まあ、食い縛る時間なんてやらないが。
全身全霊の力を込め、俺は、醜悪な性格をあらわしたゲローブの顔面へと、拳を叩き込む。
そして言ってやる、なに、たいしたことじゃない。
「ムカつくんだよ、お前」
所詮はただの感情の押しつけだった。