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「貴様ら、誰に剣を向けているのか分かっておるのかっ、いい加減にせよっっっっ!!!!!!」
俺は腹の底から声を絞り出し、気迫を込めて喝破した。自分でも驚くほどの声量だ。おかげで騎士たちの足が止まった。
「……誰だと? ただの侵入者が偉そうに何を言っている。かまわ」
「私は、喜衛喜々。貴族であるぞっ」
隊長らしき人物の号令を遮り、俺は高らかに名乗りをあげた。
これだけ暴れまわったあとだ、信じはしないだろう。だが、よほどの馬鹿でない限り、簡単に仕掛けてはこないはずだ。
ここまで堂々と宣言をされたら、もしかして、と疑念を抱くのが人間の心理ってものだ。
「……嘘を言うな。貴族ならばそのようなみすぼらしい服装で、しかも我々に危害を加えて侵入するわけがない」
言い切りはしたが、かかれとは号令を下さない。
相手は疑念を抱いている。是が非にでも俺が貴族だと信じさせてやる。そのうえで堂々と領主に合ってぶん殴ってやる。
「なんだと? 貴族たる私の言葉を信じられぬと申したか」
仰々しい物言いで威圧感たっぷりに言うと、俺は隊長らしき者に向かって一歩を踏み出した。
「ち、近づくなっ。我々オルベール騎士隊が田舎ものだからって舐めるなよ。貴族か、そうでないかぐらいの判別はつく」
口調の割には焦っている。内心、違ったらどうしようかと冷や冷やしているんだろう。
「よいか、しばし待っておれ」
そう言って、俺はポケットから皮の財布を取り出して小銭入れを開く。そこから、なるべく綺麗な五百円玉をみ繕った。
「見よ」
一言だけ口にし、俺は金色に輝く五百円玉を高々と掲げた。
「!! き、金だっ」
誰かの一言を皮切りに、騎士たちが騒ぎ出す。「見ろ、精密な意匠が……」「なんて綺麗なんだ…」
まあ、実際は金ではなく、銅が主成分のニッケル黄銅製の硬貨なんだが。
予想通りの反応で一安心だ。この世界も、金持ち=貴族というイメージのようで、本当に良かった。
「これでも私が貴族かどうか、疑うかっ」
「!! も、申し訳ありませんでした。金を持ち歩かれているようなお方が、貴族でないはずがありません!」
一斉にしゃがみこみ、頭を垂れて忠誠のポーズをとる騎士たち。
「うむ。分かればよろしい」
上手くいって良かった。危害を加えて侵入した理由を聞いてこないが、金の衝撃ですっ飛んでしまったのか、それとも騎士であっても貴族に疑問を口にするのは許されないのだろうか?
どっちでもいいや、聞いてこないのならそれに越したことはない。それにしても、ワンコインで命を護ったよ、これから俺は五百円玉に頭が上がらないだろうな……
「騙されるでないっ!!」
どこぞから大声が轟いた。その場の全員が、半ば反射で声の主に顔を向ける。
「そやつは貴族などではない!」
視線の先。醜悪きわまりない顔のデブが、二人の兵士を連れて館からこちらへと向かってきていた。
音楽家モーツァルトのような髪型、子供くさい赤のマント、指には宝石と思われる指輪をはめ、たゆんたゆんと揺れるお腹。絵に描いたような貴族像だ。ああ、間違いないね。
クソ貴族のクソ領主様だ。
自分から殴られにくるとは殊勝な心がけじゃあないか。今すぐ殴り逃げしたいところだが、今のトビに無理をさせたくはないので、ここは落ち着いていく。
「私を知らないとは困ったものだ」
「笑わすでない。キエイ、などという苗字は聞いたこともない。さきほど出していた金とて、盗んだ物ではないのか?」
俺の前までやってくると、汚い声を発するデブ。
「失礼極まりない男だな。本当に私を知らないとは、どうやら呆けていらっしゃるようだ」
「口の減らないやつだ。ならば訊くが、お前の階級はなんだ、このような田舎町になんのようだ?」
これはマズイな……さすがにどれも答えられない、本物の貴族を相手に適当なことは通じないだろうしな。
「どうした、ほら、答えてみよ。ん?」
うっわ、ほんと腹が立つなこいつ。
「キキ」
と、今まで大人しくしていたトビが口を開いた。かなりまいっているらしく、声に力がない。
「お前は黙ってろ。体力を使うな」
「ミーニャとリーリエが来た」
「なに?」
言われて俺は振り返る。
おいおい、どういうことだこれは。一戦やらかす気か?
俺の目が捉えたのは、斧や鍬、木の盾などで武装した一団だった。中には女子供が混じっており、ミーニャとリーリエの姿もみうけられる。
「これは何事だっ、貴様ら平民風情が、ここに足を踏み入れて良いと思っておるのかっ!」
「変わらないね、ゲローブ」
武装集団のリーダーと思わしき男が口にする。透き通った落ち着いた声だ。
いい年をしたナイスミドルという感じで、薄めのブラウンの髪色、サークル型の髭が似合っている。そして、男には片腕がない。
「貴様……オルタか!! 反逆者め、ワシと戦うつもりかっ」
「別に戦ってもいいのが、今日は話をしにきたのだ」
「貴様ら汚物と話す舌など、もた」
「勘違いをしないでくれ、話があるのは君じゃない。マーロン・ハルス公爵の代理で来られた、キエイ・キキ男爵にだ」
「なに……?」
クソ貴族が俺を見る。その眼差しには驚きと猜疑が含まれていた。
というか、確か男爵は貴族に含まれなかったと思うが……まあ、世界が違うんだ、色々と差異があって当然か。
何がなんだかわからんが、これは俺を貴族だと信じさせるチャンスだ。男に話しを合わせることにする。
「久しいな、オルタ?」
そんな名前で呼ばれてたよな、確か。
「覚えてくれていたとは嬉しいよ、キキ。おっと、これはすまない。今の私は平民だから様を付けたほうが良かったかな?」
清々しいくらいにわざとらしい口調だな。この言い方からすると、オルタという男は元は貴族だったようだ。
「よしてくれ、私が敬称を嫌っているのを知っているだろう」
「はは、分かっている、冗談さ。君と私の仲だからね」
元同僚の仲良しって設定なわけね。それにしてもわざとらしい。もう少し自然な演技ができないのかこいつは。
「まさか、本当に貴族だったとはな。それも、マーロンの使いとは……」
小声でデブがつぶやいた。どうやら完全に信じたらしい。
さて、貴族という立場を利用し、できればデブを領主の任から外し、権力と財力を奪ってしまいたいところだ。そうすれば、もう、リーリエにちょっかいをだすこともなくなるだろう。
「ところでキキ。マーロン公のお耳に入れたい話があるんだ」
「なんだ?」
「……実はね。外交問題に発展してはいけないと思って、街の者に口止めをしていたことがあるんだ」
「!! オルタ、貴様っ! お前ら何をしておるか、平民どもを敷地から叩きだせっ」
激高し、騎士たちに怒声を飛ばすデブ。騎士たちが慌てた様子で動き出し、オルタ率いる集団も咄嗟に武器を構えた。
ここまで話し合ってきたってのに、いまさら血を流すのはナンセンスだろうがっ。
「双方、剣を収めよっ!!!!」
俺は本日二度目となる喝破をした、両方の動きが止まることを願う。