キキ+あほう=キキの危機
この物語はフィクションです。
残念な男前とはどこの学校にも一人はいるものだ。
それは俺の通う学校も例外ではなく、世代を越えて女性うけするやつが一人いる。ただし、黙って突っ立っていれば、という注釈つきだ。
とにかくそいつは問題を起こす。口を開けば意味不明なことをほざき、何かアクションを起こせば大なり小なり周囲に被害をおよぼす。まったくもってはた迷惑なやつである。
俺はもっともそいつの被害をこうむっている人物だ。残念なことに、そいつとは幼稚園からの付き合いであり、親友と呼べてしまう仲だ。
そいつ、金子鳶春ことトビが、時代を先取りし過ぎた感性で何か行動を起こすたびに後悔をする俺なのだが、今以上に後悔をしたことがない。
なぜなら――――
「異世界、きたこれ」
隣のあほうが世界の壁を越えたからからだ。
◆
夏休みも残り一周間となったある日、俺はトビが強引に貸し付けてきたゲームをプレイしていた。ジャンルは恋愛シュミレーションというやつで、異世界を舞台に女の子との恋愛を楽しむというものだ。
暇だったのでとりあえずプレイしていたわけだが、どうにも、俺の趣味には合わないのでそろそろ止めようと思い、ゲーム機の電源を切ろうとしたとき、あいつはやってきた。
なんの前触れもなく、開け放った窓から、アクロバティックに。
ちなみに、俺の家は庭付き二階建ての一軒家であり、自分の部屋は二階だ。
「ようキキ!」
部屋に入ってくるなり、トビは慣れ親しんだあだ名で俺を呼ぶ。
「わざわざ庭の木をつたって入ってくるな、あほうが」
言いつつ、ゲーム機の電源を切ってベットに腰を掛けた。
「わかってないな、キキ。突然の訪問ってのは意表をついてなんぼだろ」
「お前は絶対にセールスマンにはなるな」
「セールスマンになんかならないって。セールスマンになるんだったらNASAの職員になる」
なれると思ってるのか、こいつは。
「そんなことよりよ、面白い話を仕入れてきた」
「またか……」
トビは心霊現象や埋蔵金といった眉唾物の話が好きで、噂話しやネットなどで情報を拾ってきては真相を確かめたがる。もちろん、俺をまきこんでだ。
「今度のはかなり信憑性があんだよ。訊いてくれ」
訊きたくはないが、こいつの場合は訊くまで催促をしてくるため、全身全霊を込めて嫌そうに訊く。ささやかな抵抗だ。
「どんな話しだ?」
「言わない」
よし、殺そう。
「そんな怖い顔すんなって、ジュピタージョークってやつだ」
木星ジョークだってよ、死ねばいいのに。
「で、話しだけどよ。なんでもな、夜中の二時から三時のあいだに、鏡乃神社で魔法陣を描いて呪文を唱えれば異世界に行けるんだって」
行けるわけないだろ。この話しのどこに信憑性があるというんだ、こいつは。
「だから今日の一時半に現地集合な」
俺が行くの決定かよ。もしもトビに一般常識が通じるのなら、俺は限界突破200%で断るところだが、あいにく目の前で喜々としているあほうに一般常識は通じない。したがって、
「……わかった」
と返事をするしかないわけだ。
「よし、決まりだな。じゃあまたあとでな!」
キラッと歯を輝かせて男前スマイルを見せるあほう。トビはそれだけいうと来たとき同様に窓から出て行った。
「あいつ、約束を取り付けるためだけに来たのか?」
このクソ暑い中、それだけのために直接出向いてくる意味が分からん。っていうかメールで済むだろうに。まあ、別にいいんだが。
そんなことを思いつつ、俺は夜中という時間帯に備えるため、しばしの眠りにつくことにした。
鏡乃神社は古い歴史をもつ重要文化財だ。そのため、鏡乃神社には落ち武者が出るだの旧日本兵が出るだのと胡散臭い話が尽きない。
去年の秋には猫耳をした人間が出たらしく、一部の層で話題になっていた。というか、猫耳だったら人間ではなくて妖怪だろうが。と思いながらトビに猫耳探索を手伝わされた後悔の秋。
去年のことを思い出しているうち、鏡乃神社に到着。鳥居周辺では十数人の不良っぽいやつらが呻きながらころがっていた。
「可哀そうに」
おそらくトビに絡んでいって返り討ちにあったのだろう。トビに絡むやからがまだいるとは思わなかった。間庭市のキチがい、金子鳶春と言えば関東では有名なんだがな。
ころがっているやつらを後目に、俺は無駄に長い石段を登って行く。夜中で視界が悪く、慎重に歩を進めてようやく境内にたどり着いた。
境内の中央ではトビが何らかの液体を地面にばらまいていた。取りあえずトビに近寄って声をかける。
「トビ」
「キキか、遅かったな」
「しっかり間に合うように出てきた。で、何をしてるんだ?」
「魔法陣を描いてる。ペンキで」
「……お前、ペンキを消す道具は用意したのか?」
「用意する必要なんかないだろ。せっかく描いたものをどうして消すんだよ」
こいつ凄えよ、重要文化財だとかおかまいなしだよ。神社に魔法陣を残していく気まんまんだよ。
「それにだ、オレたちは異世界に行くんだから消すの無理だろ」
異世界に行くこと前提かよ、本当におめでたい頭だな。
「っし、完成」
俺が脳内突っ込みをしているうち、どうやら魔法陣とやらが完成したらしい。トビは持っていたペンキを魔法陣の外に置いた。
「これからどうするんだ?」
「魔法陣の中央で呪文を唱える。安心しろ、呪文はすべてオレが創ったからよ」
創ったのか、凄いなあほうだな。
「ああそう。じゃあ頑張れよ」
言って、俺はトビから離れようと踵を返す。
「まてまてまて、どこに行く気だ。キキも魔法陣の中央に行くんだぞ」
「俺にも呪文を唱えろっていうのか?」
いくら俺たち以外に人がいないとはいえ、そんな恥ずかしいことはごめんだ。
「唱えるのはオレだけだ。異世界に行けるのは魔法陣のなかにいるやつ……っぽいだろ?」
そもそも行けないって。というか訊かれても困る。
「わかったから服を引っ張るな。中央に行けばいいんだな?」
「おう」
何が『おう』だ、あほうが。そしてトビと並んで渋々と中央に移動。
「じゃあ始めるぞ」
「はいはい。さっさと済ませてファミレスに行くぞ」
「異世界にファミレスは無いだろ」
現実世界の話しだ。異世界に行けると信じて疑ってないな、こいつ。
横で呪文という名のキチがい詠唱を聞かされつつ、俺は胡坐をかく。さて、ファミレスで何を食べようか、などと考えているとだ。
風がでだした――――
夏だというのに、頬をなでる風は妙にひんやりとしている。
ざわざわと音を発て、木々が騒ぎ出す。
降りそそぐ月明かりが強くなった、気がした。
胸騒ぎがする、嫌な感じだ。思ってゆっくりと首だけを巡らせる。
がらん、、がらん、、賽銭箱の上に吊るされている鈴が、風に揺れていた。
揺れているだけ、ただそれだけだ。それだけなのに、鈴の音が、俺には不気味に聞こえた。
なんだかおかしい、言葉にはできないが、とにかくおかしい。
頬を舐める風が、ざわざわと鳴いている木々が、がらんがらんと響く凶音が、不気味に輝く月が、無駄に俺の不安を煽り、掻きたてる。
「……おい……トビ……なんだか様子がおかしい」
つぶやくと立ち上がり、トビに目を向ける。そして俺は、異常事態なんだとようやく理解した。
トビはまるで生気の感じられない瞳で、ぶつぶつと聞いたことのない言語をつぶやいていた。俺はトビの両肩をつかみ、揺すって必死になって呼びかける。
「トビっ、おいトビっ!!!!」
反応はない。
「しっかりし――」
瞬間、周囲に光が満ちだした。トビの描いたでたらめな魔法陣の中が、まぶしいまでに光っている。
そして、満ちた光は閃光となって、弾けた―――――
そのとき、人影を――――
◆
「で、気づいたらだだっ広い草原でした。ってか……」
穏やかな風に草がなびくなか、俺は、どうしてこうなったと今までの行動を振り返っていた。周囲を嬉しそうにあほうが飛び跳ねるなか、俺は頭を抱えて今世紀最大のため息をついた。いや、人類史上最大のため息かもしれない。
「どうしたキキ、宇宙規模のため息なんかついてよ」
「うるさい、殺すぞお前」
「あれ、怒ってる?」
「怒ってない。とんでもないことになったと嘆いてるんだ」
「そんなことよりよ、腹減ったから何か食おうぜ」
そんなことだと……? わけのわからん場所に飛ばされたってのに、こいつにとってはそんなことなのか。ああもう、ほんと殺したいわこいつ。
「なあ、キキ」
「なんだよっ!」
「なんか……トラみたいなのに囲まれてる」
「え……?」
犬歯がやたら長く、緑色のトラにいつの間にか周囲を囲まれていた。お腹が空いているのか、ぐるぐると低いうなり声をあげている。
「あれだな。モンスターだ、きっと」
詰みましたっ、本当にありがとうございますぅ!!!!!!!!!! いえアアアアァアァアアアアアア!!!!!!!!!!!!!!!