第9話 管理、という言葉
畑の端に、簡易的な机が置かれた。
騎士団が持ち込んだものだ。
書記官は羊皮紙を広げ、羽ペンを走らせている。
「畑の規模、南北十五歩。
作付けは根菜が中心……」
淡々とした記録の声が、かえって場違いに聞こえた。
カイルは少し離れた場所で、畝の様子を見ていた。
踏まれたところがないか、葉が折れていないか。
気になるのは、そちらの方だ。
「……魔力値、測定不能」
書記官が、思わず声を落とした。
「不能?」
年嵩の騎士が振り返る。
「正確には、測る意味がない、です。
濃すぎるとか、強すぎるとかではなく……
均一すぎる」
「均一?」
「ええ。
まるで、最初から“整っている”ような……」
言い切れず、書記官は口を閉じた。
別の騎士が、低い声で呟く。
「……これを、野放しにしておいていいのか」
その言葉に、空気が変わった。
カイルは、顔を上げる。
「野放し、とは?」
問い返され、騎士は一瞬だけ言葉に詰まった。
だが、逃げずに続ける。
「誤解するな。
責めているわけではない」
「だが――」
年嵩の騎士が、静かに引き取った。
「昨日の件は、すでに領主の耳に入っている。
ドラゴンが跪いた、となれば……
放置はできない」
その言葉に、カイルは納得したように頷いた。
「確認、か」
「そうだ。
確認と、管理だ」
その単語が、はっきりと口に出された。
管理。
畑を見渡す視線が、変わる。
収穫量、再現性、影響範囲。
人の世界の尺度が、持ち込まれる。
「立ち入りを制限する可能性もある」
「人を付けるかもしれない」
小声のやり取りが、風に乗って届く。
カイルは、少し考えたあと、言った。
「荒らさなければいい」
それだけだった。
騎士たちは、顔を見合わせる。
誰も、その言葉にすぐ返事ができない。
書記官が、ペンを止めた。
「……作物を、増やす予定は?」
「必要な分だけ」
「増産命令が出たら?」
カイルは、畑を見た。
「畑が嫌がる」
沈黙。
「……嫌がる、とは?」
「無理をさせると、育たない」
それは、経験則だった。
だが、騎士たちには、理解しづらい。
年嵩の騎士は、しばらく黙っていたが、
やがて、低く告げた。
「本日の調査は、ここまでにする」
安堵と、不満と、戸惑いが混ざった空気が流れる。
「だが、覚えておいてくれ。
この畑は、もう“ただの畑”ではない」
カイルは、静かに答えた。
「俺にとっては、同じだ」
騎士は、その言葉を、どう受け取るべきか分からず、
ただ頷くしかなかった。




