第8話 畑は、何も変わっていない
騎士団が畑に到着したのは、昼前だった。
市場から歩いて二十分ほど。
石畳は途中で途切れ、土の道に変わる。
鎧姿の一団が進むには、少しばかり歩きにくい場所だ。
「……ここが?」
年嵩の騎士が、周囲を見渡して眉をひそめた。
柵はない。
見張りもいない。
ただ、小さな畑が広がっているだけだ。
「そうだが」
カイルは先に立ち、いつもの調子で答える。
畑に入る前、自然と足取りがゆっくりになる。
「勝手に踏むなよ。
畝、崩れる」
騎士たちは一瞬、戸惑ったが、言われた通り足を止めた。
畑は静かだった。
朝と同じように、土は黒く、湿り気を含んでいる。
「……特別な魔法陣は?」
書記官が周囲を見回しながら尋ねる。
「ない」
「護符や、触媒は?」
「使わん」
短い否定が続くたび、書記官の眉間に皺が増えていく。
騎士の一人が、恐る恐る土に近づいた。
手袋越しに触れ、首を傾げる。
「……普通の土だ」
「普通だな」
カイルは頷いた。
書記官が、しゃがみ込み、地面を観察する。
魔力検知器を取り出し、何度か向きを変えた。
「……反応が、安定しすぎている」
「それは、異常なのか?」
「分かりません。
通常、畑は場所によって濃淡が出るものですが……」
言葉を濁し、書記官は器具をしまった。
騎士は、作物の一本を指差す。
「抜いてみても?」
「構わん」
許可を得て、騎士は根元を掴み、力を入れた。
――抜けない。
「……?」
もう一度、慎重に引く。
今度は、するりと抜けた。
根は、必要以上に長い。
「深いな」
「伸びたかったんだろ」
カイルは、それだけ言った。
誰も、返事ができなかった。
風が、わずかに吹く。
畑の上を通り過ぎるときだけ、ひどく穏やかだった。
年嵩の騎士は、畑を一周し、最後にカイルを見た。
「……本当に、何もしていないのか」
「世話はしてる」
「それ以外は?」
「してない」
嘘はなかった。
騎士は、深く息を吐く。
「分かった。
今日のところは、記録だけ取る」
その言葉に、カイルは小さく頷いた。
畑は、何も変わっていない。
変わったのは――
それを見る人間の目だけだった。




