第32話 立入制限区域
通達が掲示されたのは、朝だった。
夜露の残る板壁に、
真新しい羊皮紙が、丁寧に留められている。
赤い封印。
領主家の紋章。
村人たちは、距離を取ってそれを眺めていた。
「……立入制限区域?」
誰かが、小さく呟く。
カイルは、少し遅れて人だかりに近づいた。
嫌な予感は、当たっている。
文面は、簡潔だった。
当該区域において、
地盤の不安定化および
未確認魔力反応の可能性が確認された。
住民の安全確保を最優先とし、
当面の間、
指定区域への無断立ち入りを禁ずる。
難しい言葉はない。
脅しもない。
ただ、
正しいことだけが書いてある。
「……あそこだろ」
誰かが、畑の方角を指差す。
「例の、ドラゴンの……」
「危ないってことか?」
噂は、すぐに形を変える。
昨日までは、
“すごい畑”。
今は、
“危ない畑”。
カイルは、紙から目を離し、
村人たちを見回した。
誰も、彼を責めてはいない。
だが――
距離は、確かにあった。
「カイル」
知った顔が、声をかけてくる。
いつも野菜を分けていた男だ。
今日は、一歩、離れた位置から。
「……入っちゃ、まずいんだよな」
「俺は、畑の持ち主だ」
「そうだけど……
“無断”って書いてあるし」
その言葉が、
すべてだった。
カイルは、何も言えなかった。
通達は、
彼を名指ししていない。
だが、
彼以外を、すべて排除している。
畑へ向かう道には、
すでに簡易の柵が置かれていた。
昨日まで、なかったものだ。
低い。
跨げる。
だが、
跨いだ瞬間、
違反になる。
見張りの兵が、二人立っている。
顔見知りだ。
以前の、縄の時と同じ。
「……おはよう」
カイルが声をかけると、
兵は、困ったように頭を下げた。
「申し訳ありません」
即座に言う。
「命令です」
「誰の?」
「……領主様の」
それ以上、言わない。
畑は、
柵の向こうにあった。
静かで、
動かない。
だが、
まだ“いない”わけではない。
カイルは、
深く息を吸った。
「俺は、入る」
兵が、目を見開く。
「許可は――」
「俺の畑だ」
それは、
法ではない。
だが、
事実だった。
兵は、
一瞬だけ、迷い、
それから、道を空けた。
「……自己責任、です」
「分かってる」
柵を越える。
その瞬間、
村の空気が、
一段、遠くなった。
畑に足を踏み入れると、
土の感触が、
昨日と違う。
重い。
守ろうとしている。
カイルは、畝の中央で立ち止まり、
静かに呟いた。
「……始まったな」
誰に向けた言葉でもない。
だが、
畑の奥で、
確かに何かが動いた。
排除は、
もう始まっている。




