第30話 条件が拒まれる理由
沈黙は、短くはなかった。
条件は出そろっている。
追加も、修正も、余地がない。
領主は、しばらくカイルを見つめていたが、
やがて、ゆっくりと口を開いた。
「……君の言うことは、理解できる」
その言葉に、
誰もが一瞬、期待する。
「だが」
次の一語で、
空気が締まった。
「それは、
制度ではない」
領主の声は、静かだった。
「思想だ」
カイルは、何も言わない。
「線を引かない。
測らない。
指示しない。
結果を目的にしない」
一つずつ、反芻する。
「それは、
“信じる者が守る前提”のやり方だ」
書記官が、補足する。
「誰がやっても同じ結果になる、
という保証がありません」
「保証なんて、
畑にはない」
カイルは、即答した。
「だから、
俺がやる」
領主は、首を振る。
「それが、問題だ」
その言葉は、
冷たくはなかった。
むしろ、
誠実だった。
「社会は、
“誰がやっても同じ”でなければ、
成り立たない」
それは、
管理社会の根幹だった。
「君の条件は、
君個人に依存している」
「当たり前だ」
カイルは、言った。
「畑は、
人を見る」
「だからこそ、だ」
領主は、
はっきりと否定する。
「人を見る仕組みは、
制度にできない」
書記官が、
さらに言葉を重ねる。
「仮に、
今回だけは成功したとしても……」
「次は?」
その問いは、
重かった。
「君が病に倒れたら。
畑を離れたら。
あるいは――
亡くなったら」
会議室が、
完全に静まる。
「その瞬間、
管理不能になる」
それは、
悪意ではない。
責任の話だった。
カイルは、
ゆっくりと息を吐いた。
「……なるほど」
否定はしない。
「要するに」
言葉を選ぶ。
「俺を、
信用できない」
領主は、
すぐには否定しなかった。
その沈黙が、
答えだった。
「信用ではない」
やがて、領主は言う。
「依存できない、という話だ」
その違いは、
大きかった。
「社会は、
個人に依存することを、
恐れる」
カイルは、
小さく頷いた。
「畑も、
同じだ」
その一言で、
すべてが繋がった。
管理社会と、
畑。
どちらも、
依存を恐れている。
だが――
恐れ方が、違う。
「畑は、
奪われることを恐れる」
「社会は、
制御できないことを恐れる」
エルドが、
低く呟いた。
誰も、
否定しなかった。
領主は、
深く息を吸う。
「君の条件は、
受け入れられない」
正式な結論だった。
「このままでは、
我々は、
畑を“問題”として扱わざるを得ない」
その言葉に、
騎士が一人、
わずかに身を固くした。
カイルは、
静かに立ち上がる。
「……分かった」
怒りはない。
失望もない。
「話は、
ここまでだな」
領主は、
わずかに目を伏せた。
「……そうだ」
それが、
決裂の合図だった。
カイルは、
扉に向かって歩き出す。
背後から、
領主の声が追いかける。
「君を、
罪には問わない」
「畑も、
当面は、
手を出さない」
それは、
最後の譲歩だった。
カイルは、
振り返らずに答えた。
「……それでいい」
だが、
その“当面”が、
どれほど短いかを、
全員が理解していた。
扉が閉まる。
会議室に残った者たちは、
同じことを思っていた。
――次は、
穏やかでは済まない。




