第3話 価値は、書類で決まる
低い唸り声は、すぐに消えた。
市場の人々も、気のせいだと自分に言い聞かせるように視線を戻す。
だが、空気の重さだけは残っていた。
「……今の、聞こえたか?」
「風じゃないの?」
「いや……」
ざわめきが戻りきらない中、グラントが再び足を止めた。
今度は、わざとらしく溜息をついて。
「集まって何をしている。仕事の邪魔だ」
人々が散り始める。
それを確認してから、グラントは書類筒を軽く叩いた。
「いいか。価値ってのはな、
前例と規格と、承認で決まる」
カイルを見ずに言う。
「どんなに出来が良くても、
記録にないものは“ない”のと同じだ」
「そういうものか」
「そういうものだ」
断言だった。
疑う余地を与えない言い切り。
カイルは野菜を籠に戻しながら、少しだけ考えた。
だが、結論は変わらない。
「俺には、これしかできない」
「だから農民なんだ」
吐き捨てるように言って、グラントは背を向けた。
その瞬間。
空が、鳴った。
雷ではない。
もっと低く、もっと重い音。
地面が、わずかに震える。
誰かが悲鳴を上げ、
誰かが荷を放り出し、
誰かが祈るように空を見上げた。
「……来るぞ」
冒険者の声が震える。
影が、広場を覆った。
雲ではない。翼だ。
圧倒的な存在感が、空気を押し潰す。
息が詰まり、膝が笑う。
カイルは、その場から動けなかった。
籠の中の野菜が、かすかに揺れる。
その匂いが、なぜか一層濃くなった気がした。
「なんだ……これ」
恐怖で、頭が真っ白になる。
それでも、彼の脳裏に浮かんだのは――
朝の畑。
温い土。
静かな呼吸。
次の瞬間、巨大な影が、市場の上空に降り立った。




