第28話 穏健で、断りにくい提案
領主は、急がなかった。
条件がある――
その言葉を、あえて拾わず、
一度、書記官に目配せする。
羊皮紙が、静かに差し出された。
「その前に、こちらから一案を提示したい」
声は穏やかだ。
拒否を想定していない声。
「畑は、領主預かりとする」
カイルは、何も言わない。
「ただし、
君を排除するつもりはない」
そこを、強調した。
「むしろ、
君にこそ管理してもらいたい」
書記官が、具体的な条件を読み上げる。
「身分は、領主直属の技術顧問。
生活費は全額保証。
住居の改善。
税の免除」
破格だった。
辺境農民に提示する条件ではない。
「畑の世話は、引き続き君が行う」
領主は、ゆっくりと続ける。
「我々は、
“枠”を用意するだけだ」
カイルは、そこで口を開いた。
「枠?」
「責任の枠だ」
領主は、即答した。
「何か起きたとき、
誰が説明するのか。
誰が止めるのか」
理屈としては、
正しかった。
「見張りは置かない」
「測定も、当面はしない」
「だが、
“管理外”にはしない」
その一文が、
すべてを示していた。
「君は、
畑と社会の間に立つ」
領主の視線が、
真っ直ぐに突き刺さる。
「それが、
一番穏健な解決策だ」
会議室が静まる。
誰もが思っている。
――これ以上、
何を望むのか。
エルドが、ちらりとカイルを見る。
言葉にはしない。
だが、表情が語っていた。
悪くない案だ。
カイルは、
しばらく黙っていた。
条件はいい。
待遇もいい。
だが――
「……それで」
静かに、問い返す。
「畑は、どうなる」
領主は、少しだけ間を置いた。
「変わらない」
その答えは、
正確ではなかった。
「今まで通り、
君が世話をする」
「だが」
言葉を継ぐ。
「必要と判断されれば、
我々が介入する」
それは、
当たり前のように言われた。
「それが、
管理だ」
カイルは、
ゆっくりと頷いた。
「……なるほど」
この提案は、
鎖ではない。
檻でもない。
首輪だ。
引かれなければ、
自由に見える。
だが、
引かれた瞬間――
逃げられない。
「返事は、急がせない」
領主が、穏やかに言う。
「だが、
長く待つつもりもない」
それは、
優しさを装った期限だった。
カイルは、
椅子から立ち上がる。
「……話は分かった」
視線を上げ、
はっきりと言う。
「次は、
俺の条件を聞いてくれ」
その声に、
初めて、
会議室の空気が張り詰めた。




