第26話 領主館への呼び出し
使者が来たのは、昼前だった。
畑仕事が一段落し、水を引き終えた頃。
土の匂いが、まだ手に残っている時間だ。
「カイル殿」
丁寧な声だった。
命令ではない。
だが、断れる響きでもない。
「領主様がお呼びです。
本日中に、一度お話を」
カイルは、すぐには返事をしなかった。
畑を見る。
縄の内側。
静かなままの場所。
「……分かった」
それだけ答え、手を洗う。
使者は、ほっとしたように頷いた。
「馬車を用意しております」
「歩く」
「ですが――」
「歩く」
それ以上は、言わせなかった。
領主館までは、そう遠くない。
だが、畑から離れる距離としては、今までで一番遠かった。
館の中は、ひどく整っていた。
磨かれた床。
規則正しく並ぶ調度品。
余計なものが、ひとつもない。
――管理された空間だ。
「こちらへ」
案内された会議室には、すでに人が揃っていた。
領主。
年嵩の騎士。
書記官が二人。
そして、エルド・ハーグレン。
彼は、カイルを見ると、深く頭を下げた。
「……申し訳ありませんでした」
その言葉は、私的なものだった。
だが、この場では、拾われない。
「座ってくれ」
領主が、穏やかに言う。
声に、怒りはない。
失望もない。
それが、一番厄介だった。
「状況を整理したい」
領主は、指を組んだ。
「畑は、壊れてはいない。
だが、応えなくなった」
事実だけを並べる。
「竜の反応も、消えた」
カイルは、黙って聞いている。
「誰かを責める話ではない」
その前置きに、
誰も異を唱えなかった。
「だが、影響は出ている」
領主の視線が、カイルに向く。
「噂が広がっている。
他領の視察要請も来ている」
「畑は、見せるものじゃない」
思わず、口を挟んだ。
領主は、頷いた。
「分かっている。
だからこそ、
今のうちに線を引きたい」
その言葉に、
カイルは、わずかに目を細めた。
「線?」
「責任の所在だ」
領主は、淡々と言う。
「このままでは、
畑は“誰のものでもない異常”になる」
それは、
人の世界では、
最も危険な状態だった。
「我々は、管理する」
穏やかな声で、
はっきりと。
「その上で、
君の意見も聞く」
書記官が、羊皮紙を広げる。
「今日の話し合いは、
そのためのものです」
逃げ場は、なかった。
カイルは、椅子に背を預け、
一度、深く息を吸った。
「……畑の話じゃないな」
領主は、少しだけ目を細めた。
「社会の話だ」
そう言い切った。
その瞬間、
カイルは理解した。
ここから先は、
作物の育ち方ではなく、
世界の育て方を問われる場だということを。
畑の匂いが、
遠くなった気がした。




