第25話 来なかった、という異常
夜が来ても、空は静かだった。
雲は流れ、
星は見え、
風もある。
――だが、
あの重さがない。
カイルは家の前に立ち、
何度目か分からないほど、空を見上げていた。
「……来ないな」
誰に言うでもなく、そう呟く。
エルドが、少し離れた場所で立ち尽くしている。
「……本来なら」
彼は、声を絞り出した。
「この規模の“断絶”が起きれば、
竜は必ず反応します」
「前みたいに?」
「ええ。
姿を見せずとも、
気配くらいは」
だが、何もない。
あの時――
市場に降り立った白銀の影。
あれほど明確な反応を見せた存在が、
今回は、沈黙している。
「……おかしいですね」
それは、学者の言葉だった。
だが、同時に――
警告でもあった。
書記官が、低い声で言う。
「来ない、ということは……」
「介入する必要が、
なくなった」
エルドが、静かに続けた。
「あるいは――
遅すぎる」
その言葉が、夜に沈む。
カイルは、畑の方を見た。
縄の内側。
暗く、静かで、
もう“応えない”場所。
「……あいつら」
竜のことを、
初めて、そう呼んだ。
「来ないんじゃない。
来られないんだ」
エルドが、息を呑む。
「それは……」
「畑が、
人の世界から、
一段下がった」
言葉は素朴だったが、
意味は重い。
「俺たちが触れる場所に、
もう、いない」
その瞬間、
遠くで雷鳴が響いた。
光は見えない。
音だけが、
地の底から鳴るように響く。
竜の咆哮ではない。
だが、
同じ階層の音だった。
エルドは、はっきりと理解した。
「……これは、
失敗ではありません」
「じゃあ、何だ」
「分岐です」
エルドは、深く頭を下げた。
「人の世界と、
世界樹の側とが、
明確に分かれた」
それは、
管理の失敗ではない。
選別だった。
その夜、
領主館に急報が入る。
内容は短い。
――畑の魔力反応、消失。
――竜の反応、確認できず。
それを読んだ領主は、
しばらく、何も言わなかった。
やがて、
静かに命じる。
「……次は、
“説得”では済まん」
カイルは、
暗い畑の前で、
ぽつりと言った。
「……条件は、ある」
それが、
彼が初めて口にした、
世界に向けた線引きだった。
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