第24話 畑が、いなくなる
静寂は、長く続いた。
風は吹かず、
虫の声も戻らない。
まるで、畑だけが、
世界から切り取られたようだった。
「……何が、起きている?」
見張りの男が、耐えきれずに口を開いた。
エルドは、答えなかった。
答えられなかった。
ゆっくりと立ち上がり、
畝の一角を見つめる。
そこにあったはずのものが――
ない。
「……芽が」
書記官の声が、震えた。
枯れてはいない。
倒れてもいない。
ただ、
育つのをやめている。
色は残っている。
だが、生命の張りがない。
エルドは、慎重に手を伸ばし、
地面すれすれで止めた。
触れない。
それでも、分かる。
「……撤退だ」
低く、絞り出すような声。
「表層の活動を、
すべて引き上げている」
「……それは、
どういう意味だ?」
騎士の問いに、
エルドは目を閉じた。
「畑が、
“こちらに応える価値がない”と
判断した」
重い言葉だった。
「育てることを、
やめたのではありません」
ゆっくり、続ける。
「人の手に触れる場所で、
育つ理由を、
失っただけです」
その説明に、
誰も反論できなかった。
カイルは、畑の中央に歩み出る。
縄の内側。
最初に芽が消えた場所。
膝をつき、
土に触れた。
冷たい。
朝の温もりは、
完全に失われていた。
「……悪かった」
畑に向けた言葉だった。
エルドが、震える声で言う。
「私が……
やり直します」
カイルは、首を振った。
「もう、聞いてない」
「……え?」
「畑は、
“話す段階”を終えた」
それは、
農民としての感覚だった。
理屈ではない。
経験でもない。
ただ、
分かる。
書記官が、慌てて記録を取ろうとする。
「この現象は、
報告を……」
「意味がない」
エルドが、遮った。
「数値も、理論も、
もう追いつかない」
彼は、深く頭を下げた。
「……私の負けです」
その言葉は、
誰よりも彼自身に向けられていた。
その時。
畑の奥、
地面が、かすかに震えた。
揺れは小さい。
だが、確かだ。
深い、深い場所で、
何かが――
完全に離れた。
カイルは、空を見上げた。
「……ああ」
それだけ言った。
誰かが、
希望を探すように呟く。
「……戻る、可能性は?」
エルドは、
首を振った。
「同じやり方では、
二度と」
その言葉が、
この場の結論だった。
夕暮れが、
畑を覆う。
育たない畑。
壊れていない畑。
だが――
人の世界から、完全に距離を取った畑。
それが、
この失敗の結果だった。




