第22話 戻ったように、見えただけ
翌朝、畑は――少しだけ、違っていた。
霧は薄く、
風は穏やかで、
空気が、昨日より軽い。
カイルは畝の前に立ち、
目を細めた。
「……芽が、増えてる」
縄の内側。
昨日まで間が空いていた一帯に、
細い緑が、いくつか顔を出している。
密度は戻っていない。
だが、確かに“止まっていた”状態ではない。
見張りの男が、驚いたように声を上げた。
「戻った……?」
「戻ったように、見えるな」
カイルは、そう答えた。
エルドは、畑の外からその様子を見ていた。
入らない。
近づかない。
ただ、静かに頷く。
「……猶予が、もらえました」
「畑から?」
「ええ」
エルドは、穏やかな声で続ける。
「完全に拒絶されてはいない。
こちらの様子を、
見ている段階です」
その言葉に、
周囲の空気が、ほんの少し緩む。
希望、というほどではない。
だが――
「最悪ではない」という感覚。
カイルは、畑にしゃがみ込み、
土に触れた。
昨日より、柔らかい。
だが、朝ほどの温もりはない。
「……まだ、深いところは動いてない」
エルドは、その言葉を聞いて、
少しだけ表情を引き締めた。
「ええ。
表層だけ、です」
「分かってるな」
「だから、急ぎません」
エルドは、はっきり言った。
「今日は、
“整えません”」
見張りが、思わず聞き返す。
「何もしないのですか?」
「はい」
エルドは、微笑んだ。
「“何もしない”というのは、
立派な介入です」
その言葉は、
もっともらしく、
そして、危うかった。
昼を過ぎる頃、
畑の様子は安定していた。
芽は枯れない。
増えもしない。
止まったまま、
均衡を保っている。
「……これなら」
書記官の一人が、
希望を滲ませた声を出す。
「段階的に、
改善を……」
エルドは、
その言葉を遮らなかった。
ただ、視線を畑に向けたまま、
低く言う。
「“改善”という言葉は、
畑が嫌うことがあります」
だが、
その忠告は、
完全には受け取られなかった。
夕方。
カイルは、畑の中央に立ち、
風の流れを確かめる。
確かに、戻っている。
だが――
「……浅いな」
風が、地表だけを撫でている。
深いところまで、届いていない。
その夜。
カイルは、また夢を見た。
根が、
ゆっくりと、
さらに深く、
下へ下へと潜っていく夢。
地上の出来事から、
距離を取るように。
目を覚ました時、
胸に残っていたのは、
安堵ではなかった。
猶予は、長くない。
ただ、それだけが、
はっきりと分かっていた。




