第21話 畑に、敬意を払う人
エルド・ハーグレンが畑に姿を見せたのは、翌朝だった。
派手な随行はない。
護衛も最小限。
見張りの数も、確かに減っていた。
カイルは、遠目にその男を見て、
思わず手を止めた。
「……この人か」
白衣に近い、簡素な外套。
土に入る前に、靴を脱ぎ、
袖をまくる。
その仕草は、慣れていた。
「あなたが、カイル殿ですね」
エルドは、畑の外から声をかけた。
勝手に入らない。
「エルドです。
今日は……話をしに来ました」
「畑を見るんじゃないのか」
「見る前に、
育てている人の話を聞きたい」
カイルは、一瞬だけ迷い、
それから頷いた。
「……なら、いい」
エルドは、縄の手前で立ち止まる。
視線を畑全体に巡らせ、
深く、ゆっくりと息を吸った。
「……なるほど」
それだけ言う。
「何が分かった」
「まだ、何も」
エルドは微笑んだ。
「ですが、
畑が“こちらを見ている”のは分かります」
その言葉に、
カイルは、わずかに目を細めた。
「……感じるのか」
「ええ。
長くやっていると、
分かるようになります」
エルドは、地面に膝をついた。
だが、土には触れない。
「怖がっているわけではない。
怒ってもいない」
ゆっくり、言葉を選ぶ。
「ただ……
距離を取っている」
「そうだ」
短く、肯定。
エルドは、満足そうに頷いた。
「なら、
無理に近づく必要はありません」
その言葉に、
見張りの男が、思わず安堵の息をついた。
「今日は、何もしません」
エルドは、はっきり言った。
「歩かない。
触らない。
測らない」
「……それで?」
「それで、十分です」
カイルは、畑を見た。
風が、少し戻っている。
「……あんた、
分かってる方だな」
エルドは、苦笑した。
「“分かっているつもり”です」
正直な言い方だった。
「だからこそ、
明日、ほんの少しだけ、
“整える”許可をいただきたい」
その言葉に、
空気が、わずかに張る。
「整える?」
「ええ。
畑の流れを、
元に戻す手伝いです」
カイルは、すぐには答えなかった。
エルドは、急かさない。
「畑に聞きます」
そう言って、
彼は目を閉じた。
長い沈黙。
やがて、エルドは目を開ける。
「……拒否は、されていません」
カイルは、眉をひそめた。
「許可でもない」
「ええ」
エルドは、はっきり頷いた。
「“様子見”です」
その言葉に、
カイルは、小さく息を吐いた。
「……明日だ。
今日は、帰れ」
「分かりました」
エルドは深く一礼した。
去り際、
彼は一度だけ、振り返る。
「――信じています」
何を、とは言わなかった。
だが、その言葉は、
善意として、
確かにそこに残った。
畑の空気は、
ほんの少しだけ、
軽くなっていた。
それが、
希望だったのか、
猶予だったのか――
まだ、誰にも分からない。
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