第16話 根は、線を越えない
昼を過ぎ、陽が高くなっても、
芽のない一角は埋まらなかった。
カイルは畑の端に座り、
籠に入れたままの小さな木杭を手に取る。
本来なら、補修用だ。
だが今日は、確かめるために使う。
「……悪いな」
誰にともなくそう言って、
縄のすぐ内側、芽の出ていない場所に杭を立てた。
目印だ。
それから、少し離れた畝へ移動し、
同じ深さ、同じ位置に、もう一本。
条件は揃えた。
時間を置く。
水をやる。
風を待つ。
昼下がり、再び確かめに戻る。
――差は、はっきりしていた。
縄の外側。
杭の周囲に、細い芽が顔を出している。
内側。
何もない。
「……そうか」
カイルは、膝に手を置いた。
発芽しないのではない。
“そこを選ばない”。
彼は、しゃがみ込み、
内側の土を慎重に掘った。
深く、静かに。
やがて、根が見える。
――途中で、止まっている。
縄の手前で、
わずかに曲がり、
方向を変えている。
まるで、
越えてはならない線があるかのように。
「……嫌がってるな」
怒りでも、拒絶でもない。
もっと、穏やかな反応。
距離を取る。
それだけだ。
カイルは、掘った土を戻し、
跡を整えた。
無理に押し込めば、
根は折れるだろう。
だが、それは――
畑の望みではない。
その時、背後で足音がした。
「……何か、見つかりましたか」
書記官だった。
手には、記録板。
カイルは、掘った場所を示した。
「根が、線を避けてる」
書記官は、眉をひそめ、
慎重に覗き込む。
「……偶然、では?」
「全部、同じだ」
書記官は、別の場所も調べる。
さらに別の場所も。
やがて、顔色が変わった。
「……統計が、取れません」
「どういう意味だ」
「本来、個体差が出るはずなのに……
すべて、同じ挙動を示している」
書記官は、言葉を探す。
「……まるで、
畑全体が、一つの意思を持っているような」
その表現に、
カイルは何も言わなかった。
否定もしない。
ただ、立ち上がり、縄を見る。
「線を引いた」
それだけで、十分だった。
書記官は、喉を鳴らす。
「報告が、必要です」
「だろうな」
「……介入を、減らすべきかもしれません」
その一言に、
わずかな希望が生まれかけた。
だが――
書記官は、続けた。
「あるいは、
もっと徹底すべきか」
カイルは、ゆっくりと振り返った。
「それ以上やれば、
もっと遠くへ行く」
「……遠く?」
「戻らなくなる」
書記官は、答えられなかった。
風が吹き、
縄が揺れる。
その揺れに合わせて、
根のない一角が、
確かに――広がっていた。




