第15話 善意は、踏み込む
見張りの男は、畑の外に立ったまま、しばらく様子を見ていた。
カイルが立ち上がるのを待ってから、控えめに声をかける。
「……何か、問題でも?」
問いかけは穏やかだ。
責める響きはない。
「少しな」
カイルは、縄の近くを指した。
「ここ、育ちが遅い」
男は近づこうとしたが、
カイルの視線に気づいて、足を止めた。
「入らない方がいい」
「あ、はい」
すぐに引く。
素直な反応だ。
「……上からは、
“畑の安全を最優先に”と言われています」
「そうか」
「竜が絡んでますから。
何かあってからでは……」
言葉を濁す。
本心だろう。
カイルは、畑を見たまま答える。
「守るってのは、
近づかないことも含む」
男は、一瞬だけ考え込んだ。
「……俺たちは、
見ているだけです」
「線を引いた」
短い指摘だった。
男は、困ったように笑う。
「必要だと判断されました」
必要。
誰にとっての。
カイルは、それ以上追及しなかった。
責めても、相手が悪いわけではない。
「……畑は、人が多いのを好まない」
言い方を選ぶ。
「嫌がる、というほどじゃない。
だが、落ち着かなくなる」
「それは……魔物避け、みたいな?」
「違う」
きっぱりと否定する。
「畑は、考えない。
だが、感じる」
男は、ますます困った顔をした。
「正直に言います」
少し声を落とす。
「俺は、農業のことは分かりません。
でも……」
視線が、畑を巡る。
「昨日より、空気が重い」
カイルは、わずかに目を細めた。
「分かるか」
「……はい」
男は、はっきり頷いた。
「だから、余計に離れられない。
もし何か起きたら――」
「起きる」
カイルは、静かに言った。
男は、息を詰める。
「起きるが、それは、
俺たちが踏み込みすぎたせいだ」
沈黙が落ちる。
風が吹き、
縄が、また揺れた。
男は、しばらく畑を見ていたが、
やがて、低く言った。
「……俺は、命令に従います」
「分かってる」
それで、この話は終わった。
善意は、折れない。
だからこそ、
止めるのが難しい。
カイルは、畑に視線を戻す。
芽のない一角が、
さっきより、ほんのわずか、広がっていた。




