第14話 線の内側で、育たないもの
朝の畑は、昨日と同じように霧に包まれていた。
だが、同じに見えるのは、遠目だけだ。
カイルは畑の前で立ち止まり、
無意識に一歩、間を置いた。
縄が張られている。
細い麻縄だ。
杭も低く、意図的に目立たないようにされている。
それでも、畑の外と内を、はっきりと分けていた。
「……やっぱり、あるな」
誰にともなく呟き、縄を跨ぐ。
見張りの男が、少し離れた場所に立っていた。
鎧ではなく、動きやすい服装。
剣も抜きやすい位置には置いていない。
「おはようございます」
男は丁寧に頭を下げた。
「何かあれば、すぐ呼んでください」
「分かった」
それ以上の会話はない。
互いに、踏み込まない距離だ。
カイルは畑に入ると、すぐに違和感を覚えた。
芽だ。
昨日まで、均一に顔を出していたはずの若芽が、
一部だけ、遅れている。
いや――遅れている、というより。
「……避けてる?」
畝の中央、縄に近い一帯。
そこだけ、芽の間隔が不自然に広い。
発芽していないわけではない。
だが、密度が、薄い。
カイルはしゃがみ込み、指で土を掬った。
湿り気はある。
だが、朝露の染み込みが、妙に浅い。
「固いな」
踏み固められた感じではない。
むしろ、内側から締まっている。
土が、動くのをやめている。
彼は、無意識に畝の外側にも手を伸ばした。
縄の外。
同じ土。
同じ水。
同じ朝。
――こちらは、問題ない。
指が、自然に沈む。
呼吸するように、柔らかい。
「……線、か」
カイルは、縄を見た。
守るための線。
区切るための線。
悪意はない。
それは分かっている。
だが――
畑にとっては、意味が違う。
「気にしなくていい」
そう言ってやりたかった。
だが、縄は言葉を聞かない。
カイルは、しばらくその場に座り込み、
何もせずに、畑を見ていた。
無理に触らない。
直そうとしない。
今、必要なのは――
“世話”ではない。
待つことだ。
背後で、見張りの男が動く気配がした。
だが、こちらには来ない。
その慎重さが、
かえって、線の存在を強調していた。
風が吹く。
縄が、わずかに揺れた。
その揺れに合わせるように、
芽のない一角が、さらに静かになる。
カイルは、立ち上がった。
「……まだ、始まったばかりだな」
畑は、拒んでいるわけじゃない。
怒ってもいない。
ただ――
一歩、距離を取っただけだ。
それが、
どれほど致命的な意味を持つのかを、
人の世界は、まだ知らない。




