第11話 決める者たち
その日の夕刻、辺境領主の館では、珍しく灯りが落ちなかった。
「……竜が、跪いた?」
重厚な机の向こうで、領主は低く唸った。
白髪混じりの男だ。武勇で名を上げたが、今は政に身を置いている。
「確認は取れております」
報告しているのは、昼に畑を訪れた年嵩の騎士だった。
その隣で、書記官が羊皮紙を差し出す。
「畑の規模は小さい。
魔法陣、護符、儀式の痕跡は一切なし」
「だが、魔力反応は異常、と」
「……はい。
異常というより、“人為を感じない”と申しますか」
領主は、紙に目を落としたまま、しばらく黙っていた。
「農民の名は?」
「カイル。
代々、辺境で畑を耕している家系です」
「血筋は?」
「特筆すべき点はありません。
少なくとも、記録上は」
その一言に、部屋の空気がわずかに張り詰めた。
記録上は。
「……竜は、何と言った?」
騎士は一瞬だけ逡巡し、それから答えた。
「“世話人”と」
その言葉に、反応した者がいた。
部屋の隅に立つ、痩せた男。
学者風の服装だが、胸元には古い徽章がある。
「世話人、ですか」
領主が視線を向ける。
「知っているのか」
「言葉として、ですが」
男は一歩前に出た。
「古い文献に、断片的に出てきます。
世界樹に直接仕えず、
だが、奪う者でもない者」
部屋が静まる。
「力を持たず、
権限も持たず、
ただ“育てる”役割」
領主は、ゆっくりと顔を上げた。
「……厄介だな」
「はい」
学者は、ためらいなく頷いた。
「管理できないものは、
人の世界では問題になります」
誰も否定しなかった。
「だが、放置もできん」
領主は椅子にもたれ、天井を見上げる。
「竜が関わる以上、強引な介入は危険だ」
「では、どうなさるおつもりで?」
「――囲う」
短く、はっきりと言った。
「畑を奪うのではない。
守る名目で、
人の管理下に置く」
学者が、静かに微笑んだ。
「穏健、かつ現実的ですね」
「本人には、どう説明する」
「農民です。
“安全のため”と言えば、拒まないでしょう」
その言葉に、誰も異を唱えなかった。
領主は、最後に一言だけ付け加える。
「だが――
刺激するな。
彼自身も、畑も、竜もだ」
命令が下り、会議は終わる。
その夜。
館を出た学者は、闇の中で誰かと合流した。
「どう見る?」
「本人は、気づいていない」
「だろうな」
学者は、遠く畑の方角を見る。
「……だからこそ、
世界が彼を放っておかない」
その視線の先で、
畑は、静かに夜露を受けていた。
何も知らずに。
何も変わらずに。




