第10話 畑仕事は、いつも通りでいい
騎士団が去ったあと、畑は静けさを取り戻した。
鎧の音も、書記官の低い声も消え、
残ったのは、風が葉を揺らす音だけだ。
カイルは、畝の前にしゃがみ込み、
踏まれた土を指で戻していく。
「……ここは、ちょっと固いな」
足跡の残った場所を、丁寧にほぐす。
力は入れない。
押すでもなく、叩くでもなく、
空気を含ませるように。
土は、すぐに応えた。
指の動きに合わせて、柔らかさを取り戻す。
「悪かったな」
誰に向けた言葉でもない。
だが、そう言わずにはいられなかった。
畑は、何も言わない。
それでも、朝より少しだけ、空気が軽くなった気がする。
作物を見回る。
葉の色、張り、露の残り方。
どれも、変わらない。
「……大丈夫だ」
それが、カイルの結論だった。
畑仕事は、やることが多い。
水を引き、雑草を抜き、
伸びすぎた葉を間引く。
考える暇は、あまりない。
だから、彼は気づかなかった。
畑の外――
少し離れた林の中に、人の気配があることを。
視線。
隠すつもりのない、だが近づこうともしない気配。
カイルは、ふと顔を上げた。
「……?」
林を見ても、誰もいない。
風が枝を揺らしただけだ。
「気のせいか」
そう呟いて、作業に戻る。
その背を、今度は確かに、誰かが見ていた。
畑の外れ、木陰の奥。
布で顔を隠した人物が、低く息を整えている。
「……間違いない」
誰にともなく、そう呟く。
「魔力が、均されている。
いや……“管理されていない”」
別の影が、静かに頷いた。
「報告は?」
「もう上に行っている。
竜の件も、畑の件も」
視線が、再びカイルに向く。
「問題は……本人だな」
「気づいていない」
「だから厄介だ」
影は、それ以上、言葉を交わさなかった。
ただ、静かにその場を離れていく。
夕方。
畑仕事を終えたカイルは、手を洗い、空を見上げた。
雲は、ゆっくりと流れている。
竜の影は、もうない。
「……腹、減ったな」
それだけ考えて、家へ戻る。
彼はまだ知らない。
この畑が、
「守られる対象」から
「奪われる対象」へと、
人の世界で位置づけられ始めたことを。
そして――
それを、畑がどう受け止めるのかを。




