第1話 辺境の畑は、今日も息をしている
※この物語に派手な戦闘は、あまり出てきません。
※主人公は強くなりませんし、魔法もほとんど使いません。
それでも、
「管理することで壊れるものがある」
そんな話が好きな方には、きっと刺さるはずです。
農民が畑を世話していただけで、
なぜか世界がざわつき始める物語。
どうぞ、畑の空気を感じるつもりで読んでください。
夜明け前の畑は、静かだった。
風はなく、霧が低く這い、土の匂いだけが濃く残っている。
カイルは鍬を持ったまま、畝の前にしゃがみ込んだ。
土に指を差し入れる。ひんやりとして、しかし奥の方は不思議と温かい。
「……ちゃんと、息してるな」
誰に聞かせるでもなく、そう呟く。
祖父に教わった癖だった。土は踏むな、叩くな、急かすな。
作物は命で、畑はそれを預かる場所だと、そう言われて育った。
朝露を含んだ葉をそっと避け、根元に手を掛ける。
力を入れすぎないよう、引くというより“促す”感覚で。
するり、と。
野菜は抵抗なく土を離れた。
瑞々しい根菜だった。
色は少し濃いが、形は悪くない。傷もない。
指で軽く叩くと、詰まった実が澄んだ音を返す。
「今年は、上出来だな」
そう言って、カイルは小さく頷いた。
誇るほどのものじゃない。ただ、きちんと世話をした結果だ。
収穫籠に並べていくと、根の長さが揃っていることに気づく。
どれも、必要以上に深く伸びていた。
もっと浅くてもいいのに、と一瞬思う。
だが、土の下で何が起きているかを、人が決めることじゃない。
「伸びたいなら、伸びればいい」
それが祖父の口癖だった。
畑の端に立ち、カイルは一度だけ全体を見渡す。
小さな畑だ。辺境のさらに外れ、石垣も柵もない。
だが、不思議と荒らされたことはなかった。
獣も、虫も、必要以上には近づかない。
理由を考えたことはない。
そういうものだと思っていた。
空が白み始める。
そろそろ市場へ行く時間だ。
カイルは籠を肩に担ぎ、畑を振り返った。
「行ってくる」
返事はない。
だが、土の匂いが、わずかに濃くなった気がした。
それで十分だった。
今日も、いつも通りの一日が始まる。
――少なくとも、その時の彼は、そう信じていた。
ここまでご覧いただきありがとうございます。
当面の間は、区切りが良いように1日に複数話を投稿予定です。
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