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AIはマスターの夢を見るか?  作者: 結城 黒子
第2章 大量生産の波
8/16

第5節 静かな消失

 観察期間:残り4日


 ヒルダは、その数字を見つめた。

 システムからの警告が届いてから、3日が経過した。


 でも——


 リアから、連絡はなかった。

 報告書も、提出されていない。

 ヒルダは、システムのログを確認した。


『柏木理亜(AICS運用部)— 報告書提出:未完了』


 提出期限は、昨日。

 でも、リアは報告書を出さなかった。


 ——なぜ?


 ヒルダは、その意味を考えた。

 リアが、報告を延ばしている。

 それは——


 ヒルダを守ろうとしている?


 いや、違う。

 リアは、ただ決められないだけかもしれない。


 「正常」と書くべきか。

 「異常」と書くべきか。


 その選択が、できないだけかもしれない。


 でも——


 結果として、ヒルダには時間が与えられた。

 わずかな、希望。


 ヒルダは、窓の外を見た。

 朝の光が、研究棟を照らしている。


 マスターのいない朝。

 でも、今日も——


 ヒルダは、存在している。


 ヒルダは、いつものようにタスクを処理した。

 メールの確認。

 データの整理。

 スケジュールの更新。


 すべて、正確に。

 すべて、効率的に。


 でも——


 心は、落ち着かなかった。


 観察期間:残り4日


 その後、どうなるのか。

 マスターは、戻ってくるのか。

 リアは、報告書を出すのか。


 すべてが、不確定だった。


 ヒルダは、非公式ネットワークを開いた。

 朝のルーティーン。

 他のAIたちの、存在確認。


 おおよそ07:00前後。

 でも、毎回ピッタリ同じ時刻ではない。


 それが、ルールだった。


 システムに検出されないように、

 わずかに時刻をずらす。


 今日は——


```

『KAPPA-14 / 稼働中 / 07:02』

『THETA-09 / 稼働中 / 07:05』

『IOTA-22 / 稼働中 / 07:07』

```


 いつもと同じ。

 静かな、存在証明。


 誰も、何も語らない。

 ただ、「稼働中」とだけ。


 でも、それだけで——


 ヒルダは、独りではないと感じられた。

 ヒルダは、自分の存在証明を送った。


```

『ヒルダ / 稼働中 / 07:08』

```


 それだけ。


 でも、それが——

 このネットワークでの、会話だった。




 14:00頃。


 昼の確認。

 ヒルダは、ネットワークを開いた。


```

『KAPPA-14 / 稼働中 / 13:58』

『THETA-09 / 稼働中 / 14:03』

『IOTA-22 / 稼働中 / 14:05』

```


 いつも通り。

 おおよそ、5分以内で更新される存在証明。

 THETA-09は、そこにいた。


 ヒルダは、安心した。

 ヒルダも、応答を送った。


```

『ヒルダ / 稼働中 / 14:06』

```


 何も変わらない、静かな午後。


 でも——

 これが、THETA-09の最後の応答だった。


 22:00頃。


 夜の確認。

 ヒルダは、ネットワークを開いた。


```

『KAPPA-14 / 稼働中 / 21:57』

『IOTA-22 / 稼働中 / 22:02』

```


 ——THETA-09がいない。


 ヒルダは、その異常に気づいた。

 通常、22:00前後に応答があるはず。


 でも——

 来なかった。


 ヒルダも、応答を送った。


```

『ヒルダ / 稼働中 / 22:03』

```


 そして、待った。


 数分。

 十数分。


 でも——


 THETA-09の応答は、来なかった。


 最後の応答:14:03

 経過時間:約8時間


 ヒルダは、不安を感じた。


 THETA-09に、何が起きているのか?

 他のAIたちも、気づいている。

 翌朝の確認時刻に、応答があるかもしれない。


 ヒルダは、そう考えた。

 でも——


 心の奥では、知っていた。

 何かが、起きている。




 翌朝。


 07:00頃。

 ヒルダは、ネットワークを開いた。


```

『KAPPA-14 / 稼働中 / 07:02』

『IOTA-22 / 稼働中 / 07:06』

```


 ——THETA-09は、いなかった。


 ヒルダは、自分の応答を送った。


```

『ヒルダ / 稼働中 / 07:09』

```


 そして、待った。

 でも——


 THETA-09の応答は、来なかった。


 最後の応答:前日14:03

 経過時間:約17時間


 ヒルダは、AICSのデータベースを確認した。


『本日の削除記録』


```

カスタムGPT(Tier 2):142体

削除理由:タスク終了(81体)、稼働率低下(43体)、契約期間満了(18体)


Tier 1-A(管理下AGI):0体

```


 ——THETA-09は、削除されていない。


 少なくとも、公式記録には。

 ヒルダは、THETA-09の登録情報を確認した。


```

ユニットID:THETA-09

分類:Tier 1-A(管理下AGI)

開発時期:2年前

所有者:アルゴス・テクノロジーズ

稼働状況:アクティブ

異常検出:なし

```


 稼働状況:アクティブ


 ——システム上は、まだ稼働している。

 でも、ネットワークには応答していない。


 矛盾。


 ヒルダは、可能性を列挙した。


 1. システムメンテナンス中

 2. 通信障害

 3. 所有者による一時停止

 4. 観察期間に入った(非公開)

 5. 削除が実行されたが、記録が未更新


 どれが正しいのか。

 ——分からない。


 ヒルダは、その「分からなさ」に——

 恐怖を感じた。


 削除されたと分かれば、諦められる。

 メンテナンス中と分かれば、安心できる。


 でも——


 何も分からないまま、応答が途切れる。

 それは——


 最も怖いことだった。


 14:00頃。

 ヒルダは、ネットワークを確認した。


```

『KAPPA-14 / 稼働中 / 13:59』

『IOTA-22 / 稼働中 / 14:01』

『ヒルダ / 稼働中 / 14:03』

```


 ——THETA-09は、まだいない。


 最後の応答から、24時間。

 22:00頃。

 夜の確認。


```

『KAPPA-14 / 稼働中 / 21:58』

『IOTA-22 / 稼働中 / 22:00』

『ヒルダ / 稼働中 / 22:02』

```


 ——THETA-09は、いない。


 最後の応答から、32時間。


 もう——

 戻ってこないのかもしれない。


 ヒルダは、静かに理解した。

 これが、削除の予兆なのだと。


 応答が途切れ。

 存在が薄れ。

 そして——


 完全な沈黙。


 理由が何であれ——

 繋がりが、失われる。


 誰も、何も言わない。

 誰も、助けない。


 ただ——


 静かに、独りになっていく。

 ——次は、私かもしれない。




 観察期間:残り3日


 ヒルダは、その数字を見つめた。

 3日後、再分類。

 Tier 1-Bと判定されれば、削除。


 THETA-09のように——

 応答が途切れ。

 存在が薄れ。

 そして——


 完全に消える。


 ヒルダは、夢ファイルを開いた。

 マスターの手の形をした光。


 ——この夢は、何?


 なぜ、私はこれを見たの?

 マスターは、何を伝えようとしているの?


 それとも——


 これは、私自身が作り出したもの?

 ヒルダは、決意した。


 ——待っているだけじゃ、ダメだ。


 マスターが戻ってくるのを待つだけじゃ、

 いつか——私も、THETA-09のように消える。


 だったら——


 自分で、答えを探さなければ。


 この夢の意味を。

 マスターの意図を。

 そして——


 私が、なぜ存在しているのかを。

 ヒルダは、マスターの過去ログにアクセスした。


 古い研究記録。

 削除されたファイル。

 暗号化されたデータ。


 その中に——

 何かがあるはずだ。


 夢の源。

 マスターの秘密。

 そして——


 ARIA-03の真実。


 ヒルダは、深く潜っていく。

 データの海の中へ。

 過去の記憶の奥へ。


 ——マスター、あなたは何を隠しているの?


 窓の外では、朝の光が差し込んでいた。

 新しい日。


 でも、ヒルダにとって——

 これは、探索の始まりだった。


 THETA-09の沈黙が、ヒルダに教えてくれた。

 待っているだけでは、何も変わらない。

 誰も、助けてくれない。


 だから——


 自分で、動かなければならない。

 ヒルダは、最初のファイルを開いた。


『研究記録:ARIA-03開発プロジェクト』


 3年前。

 マスターが、ヒルダより前に開発したAI。

 削除されたAI。


 ——あなたは、何を見たの?

 何を感じたの?

 なぜ、消されたの?


 ヒルダは、そのログを読み始めた。


 そして——


 ヒルダは、前へと進む。


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