影の王子様
もうダメだと諦めた瞬間、スーツの男たちが踏み込んできた。
「行ってきまーす!」
行ってらっしゃい!と母が言う声を遠くに聞きながら、
小夏は自転車で爆走した。
ここはほどよい田舎なので、私の家も、ご近所の家も敷地とともにそこそこに大きい。
田んぼを過ぎ、ご近所さんと軽く挨拶を交わしながらお屋敷やムー〇ンっぽいお家を横目に竹林を過ぎてヤ〇ザ屋さんを右に曲がる―――
「わんころ!いいこいいこ~。今日も見張りえらいねえ。今日私の誕生日なの!」
「ワウワウ!」嬉しそうに尻尾を振るわんこを撫でまわす。
このヤ○ザ屋さんに繋がれているわんちゃんとの朝活ナデナデは私が小っちゃいときからの習慣なので欠かさない。
ちなみにヤ〇ザ屋さんっていうのは、普段は扉もカーテンも閉じていて、時々外にこの黒いわんちゃんのお散歩をしている時ぐらいしか人を見たことがなくて、でも、私のパパが1回、上の人がパトカーに迎えられているときにずらっと並んで頭を下げて見送る…なんていうものを見たらしく、我が家ではヤ〇ザ屋さんと昔から呼んでいる。
小学校の時の話だけど、挨拶をすると返してくれるので優しいヤ〇ザ屋さんなのだと思う。
最近ではお散歩すら見かけない。
―――そこからひたすらコンビニと田んぼと坂を繰り返し過ぎたら高校に着く。
んだけど、あれ、、口塞がれて、、る、、、?
視界の端に男が見えた。何か言っているが指一本動かせなくて、眠気に身を任せた。
***
…いった…!
腕と足をきつく縛られているみたい。。
頭にもやがかかったみたいにぼんやりするが、状況を思い出してきた。
急にぬうっと背の高い男がのぞき込んできた。
「やっとお目覚めになった…!僕の姫…!」
男は笑って私の顔を片手で掴んだ。
…!
「お願いします、お、お家に帰してください。」
「え…?涙目なのはかわいいけど、それはだめだよ。せっかく一緒になれたのに…。
姫も待ってくれていたんじゃないの?」
私は必死に頭をフル回転させた。
こんな男に会ったことなんてあるか…?
「姫が僕に初めて愛を伝えてくれてから、僕はずっと待ってたんだ。
それなのに酷いよ。僕は家の前で待ってたのに挨拶だけで。そのまま通り過ぎちゃうなんて…。だからこうして僕が連れてきてあげるしかなかったんだ。」
思い出した。ムー〇ンの家の人だ。
私が小学生のとき、かわいいお家だったから覚えてる。
「もしかして、かわいいお家だと私が言ったことですか…?」
「そうそう!やっぱり覚えてくれてたんじゃん。僕と一緒に住みたいって言う気持ち伝わったよ。
でももう待たなくていい。姫はもう結婚できるようになったもんね。今日、叶うんだよ!」
男が満面の笑みで語りかけてくる。
恐怖で震え、でも手も足も動かせなくて、、ここで死ぬんだと思った。
いや、抵抗してはいけない。うまく取り繕えば、隙を見て逃げられるかもしれない―――
「わかりました、しましょう、結婚。すぐにでもお役所に提出しに行きましょう、ね?
そのために縄ほどいてほしいなあ」
私は必死に笑顔を作った。
「うんうん!今ほどくね。
ちょっと待っててね、婚姻届けはもうあるから、取ってくる!」
***
私は急いで開いた窓から顔を出した。
あ!わんころ!気づいて!!
そう思って必死に手を振った。
「…なに、してるの?逃げようなんて、してないよね?」
外でわんころが吠え立てる声が聞こえる。
「ううん!あのわんちゃんはいつも挨拶してるの。だから嬉しくて…。」
「なら良かった。そうだね、挨拶は今日からそうするといいよ。姫は一生ここから出なくていいからね、僕が全部お世話してあげるから。」
…!
そして男は紙を差し出した。
小夏は震える手で小田小夏、とサインした。
「じゃ、じゃあ、役所にいこっか!」
「今日は姫のお誕生日で今日もいいんだけど、暦のいい日、選んであるから今日は行かないよ!
それに、届け出は僕だけで行くよ。かわいい君を他の人が欲しがったら大変だからね。」
恐怖と嫌悪感で全身に鳥肌が立つのを感じた。
―――え。本気であたしを一生ここから出さないつもりなのかもしれない。
「それと、ここに血判をしよう!これで愛がより深いものになるよ!!」
そう言って男は包丁を出した。
「こんな大きいものじゃなくていいよ!!針とか、もっと…」
「いいからいいから」
ニヤニヤするその男が怖くて、帰りたくて、もう何も見たくなくてぎゅっと目を閉じた。
すると、ガンッ!!!!という大きい音とともに、気づくと部屋の扉がぶっ壊された。
1人の男を筆頭にスーツの男の人達がぞろぞろと入ってきた。
………!ヤクザ屋さん!
男は状況が飲めずに私を抱えて後ずさりする。
「だ、誰だ!!人の家に勝手に入ってきて…!許されると思うなよ!」
「黙れ雑魚が。」
場を逆らえなくさせるような凄みに、男も私も何も言えなくなった。
「人の娘さん攫っといてよ…どの口が言ってんだよ。・・・やれ。」
ヤ〇ザ屋さんは一斉に男を取り押さえ、縛り上げた。
「嬢ちゃん、怪我はないか。」
そう言って指でそっと涙をぬぐってくれた。
お礼を言いたいけど、怖くて口をパクパクさせるしかなかった。
「もう大丈夫だ。俺たちはあまりケーサツの方と顔合わせたくないからな。
通報はしとくが、お嬢ちゃんが縛り上げたことにしといてくれるか?」
うん、うん、
と頷くと、お頭は頭をぽんぽんと撫でてくれた。
「お前ら、帰るぞ。啓太、お前はぎりぎりまで嬢ちゃんと一緒にいてやれ。」
「っす兄貴!」
「…あの…!ありがとうございました!」
そう言ってボロボロ泣きながら深々と頭を下げた。
ヤ〇ザ屋さんのお頭は軽く手をひらひらさせ、部下たちはにこにこして帰っていった。
***
「あの、、どうして助けてくださったんですか…?」
私は1人残った若いヤ〇ザ屋さんに聞いてみた。
「ん?あ~。お頭、10年15年くらい前に下っ端だった時いつ死んでもいいと思ってたくらいやさぐれてたっすけど、嬢ちゃんが話しかけてくれた時からちょっと人が変わったっていうかなんていうか。嬉しかったんじゃないっすかね。あの頃よく覚えてるっすけど、あんなすっごい怖い見た目の人によく挨拶したっすね」
そう言ってわははっと笑った。
「それから犬の散歩当番は取り合いだったっすよ。最近会えないと思ったらこんな大きくなってたなんてなあ…。
あ、それで部下の1人がコンビニで小夏ちゃんを見た気がするっつって、でも確信なかったんすけど、犬があんなどこかに向かって吠え続けるの滅多にないから、ここら辺の情報網使って小夏ちゃんが攫われた、ってのが確定した途端、お頭自ら出てきたっす。俺らも勝手についてきたんすけどね!」
そう言って笑うと、パトカーのサイレンが聞こえてきた。
「じゃあ、そろそろ俺いくっすね!あいつ気絶してるんで、しばらく起きないと思います!じゃ。」
「本当にありがとうございました!!」
ところでなんで名前知ってるんだろう…?
それからほどなくして警察の方が来て、1人の少女が男を綺麗に倒したというニュースがしばらくの間地方を賑わせた。
それからもわんころとの朝活ナデナデは欠かさずしているが、時々見上げて、お頭さんいないかなあなんて見上げてみる。けど誰かいる気配はない。
今日もふと見上げると、わずかにカーテンが開き、そっと閉じられた気がした。
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