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音と心  作者: ふみりん
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大人のピアノ

音に楽しむ事は人の心を豊かにするのだろうか?

「妊娠してますね。おめでとうございます」

医者からこう告げられた。結婚して1年位経つと両親からまだかなと言われるようになった。そろそろ欲しいかなと思っていたので生理がくると「だめだったか」とがっくりしていた。前回はただ生理が遅れていただけだったので今回はどっちだろうと不安だった。

「やった、赤ちゃん出来たんだ」嬉しさで心は踊っていた。その後、全く食べられない。一日中船酔いしている感じの悪阻が始まった。

「お腹の赤ちゃんの為に食べなさい」

と母から言われるが悪阻は長く続いて泣きたくなった。余りに食べられないので点滴に通った。バスと電車を乗り継いで、バス停にあるお蕎麦屋さんの匂いで気持ち悪くなって、家に帰るとご飯の炊ける匂いで気持ち悪くなって、心の中で「早く、悪阻がなくなりますように」といつもお願いしていた。


戌の日には母から腹帯が送られてきた。

「いやいや、これを巻いたら気持ち悪くなるよね」

そう思いながらしきたりには逆らえず、軽めに巻いた。

妹からはお腹の赤ちゃんに聴かせてとクラッシックが入ったカセットが送られてきた。午前中掃除しながらモーツァルトを聴いていた。

「赤ん坊には聴こえてるのかな」そんなことを考えながら自分でも歌を聴かせていた。


耳の良い子は心にも敏感で人の気持ちもよくわかる。先読みし過ぎて疲れてしまう事もあるが、他人の気持ちがわかる子に育って欲しいと願っていた。産まれた時は小さかったが、どんどん大きくなっていった。幼稚園に入ると自分と同じよう音楽教室に通った。子供にも音楽に触れて欲しいと言う美幸の願望だった。


2人目が産まれて育児が大変になった。2人目は立つのが遅くて心配していた矢先に急性胃腸炎で入院した。姉が最初に罹った胃腸炎で妹の方が酷くなってしまったようだ。発育が遅いので検査もした。医者から「ただゆっくりなだけのようです。様子見ましょう」と言われた時にはホッとした。こんな時に何の曲を聴いていたのだろう?テレビでは藤井フミヤのTRUE LOVEが流れていたが、ドラマを見る余裕はなかった。


子供達と初めて映画に行った。

「もののけ姫」を娘達もじっくり見ていた。3歳と5歳の2人の映画デビューは私にとっても新鮮だった。米良美一の声に3人で聴き入っていた。娘達もこの時の記憶は大人になっても残っているようだ。映像と音楽が心に響いたのだろう。


2人の娘にはピアノを習わせた。自分ではあんなに嫌がっていた事を娘にもさせていた。

「ピアノはきっと役に立つ」そう思って習わせた。しかし2人とも音楽の道には進まず私と同じ理系女になってしまった。

趣味で宝塚や劇団四季に行く娘達を見て「これで良かった」と今は思える。


子育て一段落した美幸はピアノを習い始めた。大人のピアノは人と競う事も指を早く動かして弾くことも求められない。ましてや発表会もないのが良い。

ゆっくりと自分のペースで練習する。先生は優しく指導してくれる。曲の強弱だけでなく、タッチの仕方、息づかい、作曲家の気持ち、家庭環境等も解説してくれる。

作曲家は貧しかったり、恋人に振られたり、幸せでないが故に美しい曲を生み出した人もいる。この曲は誰にどんな気持ちでかいたのだろう?

何て考えながら弾いたりする。


先生は裕福なメンデルスゾーンの曲が好きらしい。ちょっと眠たくなる事もあるが、幸せな人は素敵な曲が生み出せない事にはならない。色んな曲に触れるうちにショパンに出会った。

「なんて美しい曲を弾くのだろう」

私にもっと速く弾くテクニックがあったらと幻奏即興曲を練習している時に落ち込んだ。

「ゆっくりでも気持ちは伝わります」

先生は優しく評価してくれる。

大人のピアノは奥が深い。作曲家が天国をイメージして書いている曲に出会うと自分も行った事はないが、曲は心を落ち着かせてあたたかい気持ちにしてくれる。

「地獄よりは天国にお願いします。」

なんて思いながら弾く。子供には遠い未来だから響かないかもしれない。そう遠くない未来の大人には作曲家の心を理解出来るかもしれない。


自分の心に問うてみる。「何がしたいのか?やり残したことはないのか?」

答えが出ない日々を過ごしながら、藤井風の満ちていくを練習する。彼の気持ちは切ない。全てを手放して満たされる日を思い浮かべて和音を楽しんでいる。





音楽を楽しんでいる大人はきっと幸せなのだろう。

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