第九話
部室の午後。
窓を通して差し込む光が、薬品棚のガラスに揺れていた。
ユウはノートを開いたまま、ぼんやりと天井を見つめていた。
その視線の先に、ナナミが立っている。
彼女は手元の模型を組み立てながら、突然こう言った。
「人との距離って、どう決めてる?」
「え、また唐突に」
「科学部の研究対象だから」
「じゃあ、答えなきゃだめか」
ユウはちょっと考えてから答える。
「たぶん、“その人が俺のことを知りたがってるかどうか”で決めてる」
ナナミは手を止めた。
「君は、私のことを知りたがってる?」
「うん」
「それは、なぜ?」
「……俺のことを、先に見つけてくれたから」
ナナミは何も返さずに、また模型に手を伸ばした。
その横顔は、どこか寂しげだった。
「私は、自分が誰かを“選ぶ”ことに慣れてない」
「選ばれることも、選ぶことも、失敗ばかりだった」
「だから、距離を一定に保つ」
「誰かを遠ざけることで、安心してた」
ユウはしばらく黙ったあと、言った。
「でもさ、お前って、ちゃんと話を聞いてくれるじゃん」
「それってもう、距離を取れてないんじゃね?」
ナナミはその言葉に、小さく笑った。
そしてこう返す。
「私が観察してたのは、君じゃなくて――
“関係そのもの”だったのかもしれない」
その日、ふたりの間に流れる空気が、
わずかに、あたたかくなった気がした。




