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第七話

次の日。

ユウは部室のドアをノックする。

ナナミは、白衣のまま振り返る。


「遅かった」

「遅れても来たんだから、セーフでしょ」


ユウは椅子に座って、しばらく黙っていた。

そして言った。


「俺、ずっと“いい人”でいようとしてた」

「でも、そうしてる自分が一番嫌いだった」


「昨日、少しだけ崩したら、

全部、また演じてごまかした」


ナナミは何も言わずに、ユウの方を見ていた。

その視線に、拒絶も同情もなかった。


「“正しさ”って、時々、逃げ場所になるよね」

ナナミが、ぽつりと言った。


ユウは少しだけ笑って、肩の力を抜いた。

「…観察、続けて」

「観察対象のくせに、だいぶ主張が多い」

「それが俺の“ノイズ”なんだよ」


ナナミは、静かにうなずいた。


土曜日。

学校にはほとんど人がいない。

科学部の部室には、ユウとナナミだけ。


実験もなく、ただ静かな空気が流れていた。


「なあ、ナナミってさ」

ユウが急に言う。

「自分が“誰かに見られたい”って思ったこと、ある?」


ナナミは答えない。

長い沈黙が続いたあと、彼女はゆっくりと口を開いた。


「昔、発表会で賞を取ったことがある」

「へえ、すごいじゃん」

「誰も、見てなかった」


ユウは何も言えなくなった。


「評価はされた。でも“私”は、誰の記憶にも残らなかった。

ただの“成果”だけが、そこにあった」


「それから私は、“正しい答え”を出せば、誰も文句を言わないと気づいた」

「そして、誰も寄ってこなくなった」


ユウはそっと立ち上がって、

ナナミの向かいに座る。


「じゃあ、俺は間違っててもいいよな」

「なにが?」

「ナナミの“成果”じゃなくて、“ナナミ”に会いに来てるんだよ、俺」


ナナミの目が、わずかに揺れる。


「そういうの、困る」

「なんで?」

「…観察者としての距離が、保てなくなる」


「じゃあさ、実験中止する?」

ユウはからかうように言う。


「それは、もっと困る」


ふたりはしばらく、笑いもせずに見つめ合った。

でも、そこにはたしかな温度があった。


夕方、ユウが帰るとき。

ナナミがぽつりとつぶやく。


「また明日、来る?」

「おう」

「私、被験者のこと、考えてみる」


「“ナナミ”として?」

「たぶん」


その日、ユウは帰り道で、ふと考えていた。

“正しい答え”のない関係。

それでも、たしかに続いていく対話。


それが、人が一人で生きられない理由かもしれない――と。


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