第二話
次の日も、ユウはふらりと旧校舎へ足を運んでいた。
教室に戻る気にはなれなかった。
誰にも気づかれずに姿を消せる場所――
それが昨日の中庭と、その奥に続く、古い理科室だった。
扉を開けると、昨日の少女――ナナミがいた。
白衣を着て、何かをノートに書き込んでいる。
まるで最初からそこにいたみたいに、静かに。
「来るって言ってなかった」
ナナミは言葉を止めず、視線も上げずにそう言った。
「別に、来るとも言ってない」
ユウは入り口に立ったまま、返す。
沈黙。
でも居心地は、悪くなかった。
机の上に並んだビーカーとシャーレ。
理科室の独特なにおい。
学校にいるのに、どこか“学校じゃない”空気が流れていた。
「何してんの」
「思考実験の準備」
「実験って、試薬とか使うんじゃないの?」
「思考も観察対象。頭の中の現象も、記録できる」
ユウは笑った。
「変わってんな」
「よく言われる。でも、あなたも普通じゃない」
「昨日、助けたって思ってる?」
「別に思ってない」
「俺は思ってる」
「…そう」
彼女は少し考えて、言った
「じゃあ、手伝って」
「手伝う?」
「私が問う、あなたは答える」
「それだけ?」
「ええ」
よくわからなかったが
ユウはうなずく
ナナミはペンを置いて、ユウの方を初めて見た。
「人間は、なぜ“話す”のか」
「…え?」
「文字を発明した人間にとって発生は必要ない。記録にも記憶にも残りずらい」
「非常に非合理的なツール」
「でも残ってる」
「それはなぜ?」
いきなりの問いにユウは黙る
「多分…」
そして少し考えて、答えた。
「誰かに…見つけてもらうためかな」
ナナミは少しだけ、目を細めた。
それが笑ったのか、考え込んだのか、ユウには分からなかった。
「…ふむ」
ナナミは言った
「観察、続けてもいい?」
「観察?」
「あなた、面白い」
「実験台ってこと?」
「そう。被験者として、君は合格」
ユウはまた、少しだけ笑った。
その笑顔は、誰かに合わせたものじゃなかった。




