第十五話
月曜日。
転入生がやってきた。
名前はコウガミ・レン。
背筋の伸びた姿勢に、淡々とした声。
それだけで、「賢さ」と「距離感」がにじみ出ていた。
「得意科目は?」と聞かれて、彼女は短く答えた。
「理論系全般。特に自然言語と認知構造に関心があります」
それは、まるでナナミを彷彿とさせる“答え方”だった。
その日の放課後。
ユウが科学部に向かうと、そこにいたのは見慣れない制服の少女だった。
「こんにちは。あなたがユウくん?
ナナミ先輩から話は聞いてます。コウガミ・レンです」
レンは丁寧な口調で手を差し出してきた。
ユウは一瞬だけ戸惑って、その手を握った。
「……よろしく」
ナナミは、淡々と説明を続ける。
「レンは科学部に、外部推薦で特別参加することになった。
顧問の推薦で、研究協力者扱い」
「研究協力者…」
「私は今後、部の体制を整える側にまわる。
観察も、たぶん一時中断になる」
その言葉に、ユウの胸が軽く沈んだ。
レンはふと、ナナミの方を見てからユウに問いかける。
「でも、“観察対象”って、なんですか?
ナナミ先輩、個人にそんな興味を持つタイプに見えなかった」
ナナミは少しだけ目を伏せてから、答えた。
「彼は、仮説を揺らしてくれる。観察対象として、最適だった」
レンは微笑む。
「“だった”ってことは、もう違うってことですか?」
その質問に、ナナミは言葉を返さなかった。
その沈黙の中、
ユウは初めて、ナナミと自分の間に“誰かが割って入った”感覚を味わった。
タイトル:同じ言葉、違う温度
この学校には、特待生制度という少し風変わりな仕組みがある。
音楽、スポーツ、情報、芸術――
分野ごとに才能を持つ生徒には、専用の“研究室”が与えられる。
ナナミはその中でも、化学・理論物理・認知科学の複合領域で評価され、
特待生として“科学部”という名目で個人の研究室を与えられていた。
部活というより、“研究の拠点”。
顧問すら立ち入らないその空間は、事実上の“ナナミの城”だった。
そんな場所に、もうひとつの影が現れる。
転入生の名前はコウガミ・レン。
全国模試常連、複数の科学コンテスト優勝歴。
学校側からの推薦で、“ナナミと並ぶ研究枠”として、特別に科学部へ加わることが決まった。
その日の放課後。
ユウがいつものように部屋を開けると、そこには見知らぬ少女の姿があった。
「こんにちは。あなたがユウくん?
ナナミ先輩から話は聞いてます。コウガミ・レンです」
レンは礼儀正しく、冷静に手を差し出す。
ユウは戸惑いながらも、その手を取った。
ナナミは、そばで変わらぬ表情で言った。
「レンは、学校の研究枠で、私と同領域の担当になる。
今後、科学部の“中心”は共有になる予定」
「それって…お前の場所が、半分になるってこと?」
「正確には、評価や期待の軸が分散するだけ」
「観察は?」
「一時中断。研究体制の調整が必要になる」
レンは、ユウにふと尋ねる。
「“観察対象”って、何を観察してたんですか?
ナナミ先輩が、個人にそれほどの興味を持つとは思えなかったので」
ナナミは少しだけ間を置いてから、答える。
「仮説を崩してくれる存在。理屈に収まらない個体」
レンは笑った。
「なるほど。でも、“だった”って過去形ですね。
今はもう、崩されなくなったってことですか?」
その言葉に、ナナミは返さなかった。
その沈黙の中、ユウは感じていた。
部屋の空気が変わった。
誰にも入らせなかったはずの距離に、誰かが踏み込んだ。