第十二話
火曜日。
昼休み、ユウは教室で一人、弁当のフタを開けた。
周囲ではグループができあがり、楽しそうな笑い声が響く。
けれどそこに、ひとつだけ浮いている空気があった。
クラスメイトのひとり、ミナトという男子が
教室の隅で、黙って座っていた。
いつも誰かの輪の中にいたはずの彼が、
今日は誰にも話しかけられていない。
ユウは、しばらく迷った。
関わらない方が楽。
でも、今はなぜか、それができなかった。
彼はそっとミナトに近づき、
「ここ、空いてる?」とだけ声をかけた。
ミナトは少し驚いたように目を上げたあと、
「…うん」とうなずいた。
二人はしばらく何も話さずに、
ただ並んで弁当を食べた。
放課後。
ユウはそのまま科学部へ。
ナナミはすでに座っていて、静かに彼を見た。
「今日は少し遅かった」
「途中、ちょっと寄り道した」
ユウは、今日のことを話す。
ナナミは黙って聞いていたが、やがて言った。
「あなたにとって、それは“観察”だった?」
「……違うと思う」
「なら、それはもう“関わり”」
ユウは机に頬杖をついて、ゆっくりと笑った。
「なんかさ、俺、ようやく人間らしくなった気がする」
ナナミはしばらく無言だったが、やがて一言だけ言った。
「観察対象としての君は、もう信頼できない」
「そりゃあ、悪かったな」
「でも、人としては――面白い」
その言葉に、ユウはちょっとだけ照れくさそうに笑った。
それは、
はじめて「誰かのために動いた自分」に、
ナナミがちゃんと“意味”を与えてくれた瞬間だった。
タイトル:ズレて、ぶつかって、それでも
翌日、教室。
ミナトが昨日とは違い、明るく友人たちと話していた。
その中心にはユウもいた。
「いや〜ユウがいきなり隣に来るとは思わなかったって!」
「ほんと、それな。何かの罰ゲームかと思ったし」
「いやいや、普通にちょっと気になっただけ」
ユウは笑いながら受け流したが、
胸の奥に、小さなざらつきが残った。
“昨日の静かな対話”が、
“ネタ”として消費されていくように感じた。
放課後、ユウはナナミにそのことを話した。
「誰かのためにって、
…なんか、すごく軽く扱われると、しんどいな」
ナナミは少しだけ首をかしげる。
「君がしたのは、“相手のため”ではなく、
“自分の意思で踏み出した関わり”だったはず」
「そうだけど、そうでもなくなった気がした」
「そのズレは、“関係”を持った証」
ユウは苦笑した。
「ナナミって、やっぱ観察者だな」
その日の夜。
ユウのスマホに、ミナトからメッセージが届いた。
──「ごめん、今日ちょっと調子乗った。ありがとう」
短い文章だった。
でも、ユウの中で何かがすっと静かに整った。
次の日、部室に入ったユウは、
ナナミにそのメッセージを見せた。
「…わずかなフィードバック」
「だけど、たしかに“届いた”って感じがした」
ナナミはノートを閉じて、言った。
「関係とは、測定できない揺らぎ。
でも、続けることでしか得られない安定もある」
「……それ、ポエム?」
「観察者なりの実感」
ふたりは、静かに笑い合った。
“ズレて、ぶつかって、それでも続ける”
関係はそういうものなのかもしれない――
ユウは、そんなことを思っていた。