第十一話
月曜日。
科学部の部室は、曇った窓から淡い光が差し込んでいた。
ユウが扉を開けると、ナナミは既に座っていた。
ノートではなく、空の机に向かって。
「どうした。今日は観察やめたのか?」
「データが乱れてる」
「へえ。俺、そんな不規則な行動してた?」
「…私のほうが」
ユウはその言葉に少し驚いた。
ナナミが“自分の変化”を口にすることは、今までなかった。
「何があったの?」
ナナミは少し黙ってから、ぽつりと答える。
「昨日、家で研究者の父と会話を試みた。
でも、私がどれだけ論理的に話しても、
“どうせまた独りよがりなことしてるんだろう”で終わった」
ユウは静かにナナミの隣に腰を下ろす。
「それで、観察どころじゃなくなったのか」
「いや、“なぜ期待したのか”が、自分で分からなかった」
「期待したってことは、可能性を信じたんじゃね?」
「非合理的な仮説」
「でもナナミ、“人間嫌い”なのに、俺と話してくれるしな」
「それも、誤差として処理してた」
「その誤差、でかくなってきてんじゃね?」
ナナミはゆっくりと首を横に振る。
だが、その動きはどこか曖昧だった。
「私は、きっと“観察”に逃げてただけかもしれない」
「何から?」
「人と本気で関わって、拒絶されることから」
ユウはゆっくりと息を吸った。
「それ、俺と同じじゃん」
ナナミは、何も言わなかった。
部室の中に、穏やかな沈黙が広がった。
その沈黙は、ふたりの間に流れる“ノイズ”ではなく、
はじめて“静かな共鳴”のように感じられた。