第十話
昼休み。
ユウは教室でパンをかじりながら、ぼんやりしていた。
そこへ、同じクラスの男子が近づいてくる。
「ユウ、今週末、バスケしない? グラウンドで」
「え? 俺?」
「なんかさ、意外と運動できそうって話になって」
「いやー、俺はそうでも…」
「いいじゃん、たまには。来いよ」
突然の“誘い”。
それは、以前のユウなら嬉しかったはずの“普通の接点”。
だが今のユウは、少し戸惑っていた。
放課後。部室でその話をすると、ナナミは少しだけ驚いた顔をした。
「断ったの?」
「うん、曖昧に」
「なぜ?」
「たぶん…どっちかを選ばないといけない気がして」
「選ぶ必要があるの?」
「あるような気がした」
ユウの中にあったのは、
“普通の関係”と“特別な関係”の間で揺れる迷いだった。
誰とも深く関わらない「いい人」の自分と、
ナナミとだけ深くつながっている自分。
その二つが、同時に成立するのか分からなかった。
「ナナミは、他の人とどう関わってきたの?」
「関わってない。必要なときに必要な分だけ」
「じゃあ、もし俺が“他の人とも”ってなったら――」
「私の観察対象としての独占権は消える。残念だね」
ユウは、軽く笑った。
でもその言葉の奥に、ほんの少しだけ“本音”が混ざっていた気がした。
部室の空気が、少し変わっていた。
理由もわからず、でも確かに。
タイトル:どちらにも行かない理由
週末。
グラウンドでは、クラスの生徒たちがバスケをしていた。
笑い声。ボールが弾む音。ユウのスマホにも、
「来ないのー?」というメッセージが届いていた。
でもユウはそこにいなかった。
彼が向かったのは、科学部の部室でもなかった。
誰もいない図書室の隅。
そこに座って、本を開くふりをしながら、じっとしていた。
「選ばなかった」
その事実が、ユウにとってはひとつの答えだった。
夕方、部室の前に立ったユウは、ドアに手をかけなかった。
ナナミが中にいるかも、いないかも分からない。
でも、なぜかそのまま帰ることもできずに立ち尽くしていた。
そのとき、中から声がした。
「入らないの?」
ユウは驚いて振り向くと、ナナミがノートを持って立っていた。
「来ると思って、観察準備してた」
「なんで?」
「選ばなかった人が、何を考えてるか気になったから」
ふたりは部室に入り、椅子に座った。
ナナミは静かに言う。
「今日は、教室にも来てなかったみたいね」
「うん」
「なぜ?」
「選んだら、どっちかが遠ざかる気がして」
「だから、どちらにも行かなかった?」
「そう」
「それは、“関わりたくない”とは違う」
ユウは少しだけ笑う。
「ナナミって、めんどくさい解釈するよな」
「私の得意分野」
「でも、今ここには来た」
「うん」
「それはなぜ?」
「……たぶん、“答えが返ってくる”のって、ここだけだから」
ナナミは目を細めた。
それが喜びかどうかは分からなかった。
でも、そこには確かに“共有”があった。
ユウは、初めて自分で決めた気がした。
“誰かに合わせた答えじゃない、自分の答え”で動けたという感覚。
それは、小さな自信だった。