見えない仮面と静かな問い
春。
薄曇りの空の下、ユウは転校初日の教室で、
笑顔を貼りつけたまま席に座っていた。
「趣味とかあるの?」
「ゲームとか音楽かな」
「わたしもー!」
誰とでも話せる。
でも、誰と話しても空っぽだった。
自分の言葉じゃない。
相手の反応を考えて、自動的に出力しているだけの自分。
それに気づくたび、息が詰まる。
休み時間。
教室の窓を開けるふりをして、そっと廊下に出る。
「ちょっとトイレ」とだけ言って。
本当は、もう無理だった。
人気のない中庭のベンチにたどりついた時には、
ユウの呼吸はもう浅くなっていた。
胸が詰まる。喉が焼ける。頭がしびれる。
「また、やっちまった……」
頭の中が真っ白になる。
思考もできない。立つこともできない。
「ストレス性過呼吸」
その言葉が聞こえた気がした。
顔を上げると、
白衣を着た女生徒が、数歩先に立っていた。
「気持ちを落ち着ける必要がある」
「息を吐く速度を一定に」
「気持ちや視線を他のものにそらさなければ危ない」
「だから――」
そういった女生徒
ユウの手をつかみそして
自分の服の中に入れた
「――っ」
「男子好みの体ではないけれど、我慢して」
「が、我慢って…」
気をそらすため
何より人の肌は精神安定によく効く
今は黙って息を吸うことに集中して
「………」
言われた通り呼吸に集中する。
手がとても暖かい。
そのぬくもりは劣情も生んだが
確かにユウに落ち着きをくれていた
時間がたつと彼女は自分の服からユウの手を取り出した。
彼女は椅子に腰かけ、何の感情もなく言った。
「名前、ユウ」
「科学部の部長、ナナミ」
互いにそれ以上言わなかった。
「なんで助けた?」
「助けたつもりはない。ただ、人命救助は人としての義務」
「放っておいてくれって俺が言ったら」
「“なんで?”って聞く」
「で、その理由がくだらなかったら?」
「くだらないと判断するには、理由を聞く必要がある」
「論理的だな」
「そういうふうにしか、生きられないから」
ふっと、胸の奥が少しだけ軽くなった。
彼女と話すと、“演じる”必要がなかった。
誰かに合わせる言葉じゃない。
自分のまま、言葉を出せた。
その日、ユウは初めて、「本音を言っても何も壊れない」感覚を知った。
それは、ちいさな救いだった。