拷問以外の手段は
ゆずを捕獲した魔王は、クライヴの待つ執務室に戻った。
「考えていたんだけど、僕が加減しながら拷問するという手もあるね。データが集まって研究が捗りそうだ」
クライヴはあくまで悪魔。ゆずの気持ちなどデータにすぎない。
「痛みは与えないと約束した。こんなにか弱い生き物に暴力を振るうなど、許されることではない」
レジナルドは椅子に腰かけ、眠るゆずを膝にのせた。頭を撫でる手つきは母親のように優しい。
「やっぱりこうなったか。……拷問する以前の文献を調べたら、ニンゲンの強い感情は全て魔力の源となったと書かれていたよ」
「知っている。手っ取り早いのが恐怖を煽ることだったのだろう」
「そういうこと。暴力は最も簡単な手段だからね。……どうだろう。あの子に魔法を教えてみては」
クライヴの提案に、レジナルドは撫でる手を止めた。
「なるほど。魔力を操れるようになれば、感情に左右されず安定した魔力供給ができるかもしれない」
「そういうこと」
「だが、ニンゲンは魔法を使えないだろう」
「僕の弟子が使い魔の研究をしていてね」
ああ、この研究者は。レジナルドは眉間を押さえた。
「あの問題児か」
「どうかな? レジナルド」
「……私は魔王だ。ニンゲンと契約するわけにはいかない」
確か彼の論文によると、使い魔は契約者に逆らえなかったはず。
「そうだよねぇ。魔王様がニンゲンの言いなりなんて、流石に困るなぁ。じゃあ僕がなるか」
「権力がある者は使い魔になるべきではない」
「だよねぇ」
こう見えてクライヴは宰相候補だった。執務室に重い沈黙がおりる。
「うーん……」
その時、ゆずがレジナルドの腕の中で身じろぎをした。
「ああ、起きたか」
「おはようございま、す? ……あの、降ります」
よく知らないひとの膝は居心地が悪い。ゆずが藻掻くとレジナルドとクライヴが
首を振った。
「まだ立てないだろう」
「そうだね。大人しくしていた方がいい。気分はどう?」
「大丈夫、です」
ゆずが降りるのを諦めたので、レジナルドとクライヴは頷きあい、説明することにした。
「今魔王様と、他の方法を相談していたんだ。強い感情、例えば恐怖のコントロールに拷問が適していただけで、君が抱くのは恐怖以外でもいい。ニンゲンさん、君にとって強い感情とは何かな?」
「それは……」
クライヴが柔らかい口調で問う。この世界の者に協力などしたくないが、そんな選択肢など無いととっくに悟っている。
「感動したり、楽しかったり、……あ、でも1番は恋かなぁ」
ゆずが思い浮かべたのは、恋に落ちてもっと可愛くなった友人だった。恋は盲目という。コントロールはできないだろうが。
「恋」
「なるほどな。インキュバスを呼ぶか」
「インキュバスの魅了はニンゲンには強すぎるんじゃないかな。廃人になってしまうかもしれない」
「ちょ、ちょっと待って!」
目の前で繰り広げられる会話には、やはり人権という概念が存在しない。気が遠くなりながら、ゆずは言い訳を絞り出した。
「こ、恋は落ちるものなの!」
ゆずは恋に恋する乙女だ。初恋をこんなことに利用されては困る。
「インキュバスの魅了は恋ではない、ということかな?」
クライヴが困ったように眉尻を下げた。そんな顔をされたって嫌なものは嫌だ。
「強い感情さえ抱いてくれればいいんだ。その首輪は特別製でね。宝石が君の魔力を回収しておいてくれるから」
勝手にそんなものを。淡い怒りを覚えたが、すぐに首を振って紛らわす。「怒らせばいいのか!」なんてことになったら困るのは自分だ。
「映画や本は無い? 恋はいったん忘れて、感動するものや楽しいものを見た方が早いと思うの」
「映画……? 娯楽かな。演劇でいい?」
「じゃあそれで!」
平和な方向に動きそうで一息つくゆず。だがクライヴが怪しげな笑みを浮かべた。
「ところで僕は研究が好きなんだけどね」
「はぁ」
「僕の研究室を案内させてくれないかな? ニンゲンの研究だから、君も楽しめると思うんだ」
何かを企んでいる。
「えーと……」
「行ってくるといい」
「え」
回避方法を考えていると、レジナルドがゆずをそっとおろした。ふらつくゆずを支え、安定するのを待つ。
「クライヴは信用できる悪魔だ。ゆずに危害を加えることはない」
「そ、それは分かってるけど……」
2人のやりとりを、クライヴはにこにこと観察していた。
「奴隷紋をうまく使って、緊張を数値化できないかな。仲良くなるのに役立つと思うんだ」
「少し黙っていろ」
クライヴが人差し指を立てて提案し、レジナルドが呆れたように跳ねのける。その様子を見て、ゆずの緊張が少しほぐれた。
「レジナルド、私行ってきます」
「その信用、大事にさせていただくよ」
クライヴはそっとゆずの手を取り、体重を支えて歩き始めた。
「何かあれば報告するように」
「はーい」
レジナルドの言葉に、2人の返事が重なった。