使い魔side
クライヴは研究室で、魔法陣を組みながら回復薬を調合していた。どちらも専門家がいるような分野だが、クライヴにとっては簡単なこと。微笑を絶やさず、鼻歌交じりに、任された仕事をこなしていく。
「でーきた」
精巧に組まれた魔法陣と、淡く輝く回復薬。それらを手に、隣室で眠る弟子の元へ。
「起きてー、あめっこ王子。今の気分は?」
「視界が回る……気分悪い……水に濡れただけでこれとか、人魚の主として終わってる……って感じです」
セオドアは、浅い眠りと覚醒を繰り返していた。気を失うように眠り、頭痛で目覚める。主の不調まで感じているのだから、気分の悪さも二倍だ。
「すみません。また看病してもらって」
「まぁ、医者といえば医者だからね。僕」
「もう元気になったと思ったのに……」
申し訳なさそうにするセオドアに、クライヴは微笑んだ。
「安心するといい。僕にとって君はデータだ。被験体であり弟子なんだから、君は一度も僕の妨げになったことはない」
「なら、いいんですけど」
支え起こされたセオドアが、安心したように肩の力を抜いた。
「というわけで、これ飲んで」
「……はい」
差し出したのは、先ほど完成した回復薬。
「ニンゲンさんに飲んでもらったものを、君用に調合しなおしたものだよ。ニンゲンさんの不調は君にも分散されているようだから、君も薬を飲む必要があるんだ」
「……はい。飲みます。飲みますから」
セオドアは大の薬嫌いだ。点滴に繋がれて生活をしていたのも、薬を回避した結果だった。本人曰く、痛みは我慢すればいいが、苦みは吐いても消えないから、らしい。
「大丈夫。甘くしてあるから」
「……すみません」
「吐かれても困るからね」
「……」
飲んだ回復薬は、確かに甘かった。回復薬を甘くする技術は、何百年も研究されている。それを軽々とやってのける師匠は、やはり自分が認めた悪魔だ。
「ん。飲んだね。偉い偉い」
「……」
頭を撫でるな、とは言えなかった。300歳のセオドアは、少年から青年に変わる年頃だ。3000歳、つまり自分の10倍も生きている師匠に甘えたくなるのも仕方がない。それを知ってか知らずか、クライヴはセオドアを甘やかす。セオドアが自分に厳しいから、その分まで甘やかす。
「じゃあ次は仰向けに寝てね。魔法陣を使うから」
「はい」
言われたとおりに横たわりながら、魔法陣が描かれた羊皮紙を盗み見て驚愕する。専門家が研究途中の古い古い魔法陣を基盤に、セオドアが開発した使い魔契約の陣と、精霊界に由来を持つ陣が組み込まれている。そもそも魔法陣を開発すること自体が100年単位の時間を要するのに、それをこれだけの分野を跨いでやってのけるとは。この悪魔は、間違いなく天才だ。
「発動させるよー」
「はい」
胸元に置かれた羊皮紙が、紫色に輝いた。その光はセオドアに集まり、吸収される。
「はい、おしまい」
「……ありがとうございます。呼吸、楽になりました」
起き上がろうとする弟子を制するように、クライヴの手が額に置かれた。セオドアは諦めて毛布を被る。
「まだ熱は下がっていないね。ニンゲンさんの体力が回復するのを待つしかないのかなぁ」
「ゆずは……奴隷紋は、発動してませんかね」
大丈夫か、と聞こうとして、それは愚問だと飲み込んだ。使い魔である自分が最も、彼女の容態を知っているのだから。
「悪夢は見ているようだったね。あと、食事も誰かの手からしか取れないだろうし……。魔力もまだ漏れだしたままだ」
「そう、ですか」
彼女を自由にするわけにはいかない。安心させるわけにはいかない。それは理解しているが、彼女の恐怖が流れてくる今、それが不憫でならないのだ。あんなに細い身体には、余りある恐怖だろう。
「調整するにはニンゲンさん自身の体力も使うからね。しばらくは無理かなぁ」
「っすよね……」
奴隷紋は忘れられつつある魔術である。人間が滅ぶ以前は誰もが使えたそれは、今ではクライヴ含む数名しか付与できない。ヘビ男もそこに名を連ねている。それを自在に調節するとなるとさらに絞られる。クライヴがゆず専属の医者になったのは、それができるからでもある。
「そんなにニンゲンさんが大事?」
「っいえ! そんな!」
クライヴの唇が弧を描いた。セオドアは咄嗟に否定する。研究対象に情が移っただけではなく、肩入れしてしまうとは。失望されるかもしれない。
「いいんだよ。君の素直な感情は、使い魔のサンプルになる」
「……」
そう言われてしまえば話すしかない。
「あいつの恐怖がよく分かるんです。まるで小説の心情描写を読んでるみたいに。だから他人とは思えなくて」
「ほう、それは興味深い」
「記憶もなんとなく読めて……。あいつ、すごく平和な世界で、幸せな家庭で育ったんです。痛みも苦しみも知らないような……」
悔しかった。自分が、彼女を苦悩させるイチ悪魔であることが。
「なのに急に召喚されて、拷問されて、痛みが……」
「なるほど、体力が消耗し悪夢がリンクしたことで、少し記憶が混濁しているようだ。逆に考えると、悪魔である君にそこまで言わせるようなことがニンゲンさんの身に起こったと……」
おもしろい、と口の中で呟く。それだけのことを耐えて、あの態度でいられる彼女の図太さもおもしろい。文献によると、人間は悪魔を恐れ憎んでいたというのに。
「ニンゲンさんは、悪魔を憎んでいるのかな?」
「……それが、全く」
「ほぅ」
「恐怖はありますけど……まるで、憎しみというものを知らないように、その気配が全く無いんです」
おもしろい、今度ははっきり声に出していた。
「ニンゲンさんは、我々魔の者とは全く違う種類の生き物なのかもしれないね」
異界から来た彼女は、かつてこの世界に住んでいた人間とも違うのかもしれない。
「いい研究対象を見つけたね、セオドア」
「……はい」
「僕の方でも彼女を研究して、彼女が生きやすい環境を整えてあげるよ」
「あっありがとうございます!」
セオドアの顔が輝いた。それを微笑ましげに眺めながら、クライヴはこっそり研究者の冷静な目をしていた。




