表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/11

第10話 コレクション

 悪夢に怯え、熱に蝕まれるゆずは、壊したくなるほどに弱々しかった。じっと傍らで見守っていたレジナルドは、ついに耐えられなくなり、自室に戻った。手を伸ばしたのは、枕元のぬいぐるみたち。


「儚い、か弱い、小さい……」


一言呟くごとに、ぬいぐるみを千切り、破り、穴をあけ、燃やし、投げ捨てる。レジナルドの趣味は、ぬいぐるみを集めることではない。ぬいぐるみのように愛らしい物を壊すことだ。


「細い、柔らかい……」


魔王という立場は、感情を表に出せないことが多い。だからこそ、こうやって愛しい物を愛でているのだ。だがゆずは、このコレクションに入れる訳にはいかない。魔界のためにも、私物化するわけにはいかない。テディベアを抱きしめたゆずは、奥歯を噛み砕くほど欲しかった。


「壊さなければ、構わないのか?」


綿と布切れと灰を魔法で元に戻しながら、レジナルドは考えた。少しだけなら……。


「レジナルド。魔王様。おーい」


ノックで現実に引き戻された。声の主はクライヴだ。レジナルドは、散らばるぬいぐるみをそのままに、重厚なドアを開いた。


「ああ、やっと開けてくれた。ほら、ニンゲンさんの食事ができたよ。駄目じゃないか。傍にいてあげないと」

「ああ、助かる」

「僕は回復薬を作りに戻るから、ちゃんと見ていてあげてね」

「分かっている」


クライヴは、視界の端のぬいぐるみを見ても、何も言わなかった。何をしていたのかも、その理由も、知っている。


「いいんじゃないかな。コレクションに入れても」

「たわけ。壊れたら戻らないだろう」

「治してあげるよ。データを取らせてくれるなら、協力しよう」


人形のように軽くて脆いのに、ゆずには命のぬくもりがあった。だからこそ壊したい。だからこそ守りたい。


「……お前の手を借りるのが癪だ」

「まぁ、気が変わったら教えてくださいな」


レジナルドはその言葉を無視した。受け取った椀の中身は、具沢山のスープだ。ひらひらと手を振って立ち去るクライヴを見送って、ゆずの部屋をノックする。一拍置いてドアノブを捻り、部屋に立ち込める魔力の濃度に目を見開いた。ゆずが悪夢を見ているから、それに伴って魔力が生成されたのだろう。


「ゆず」

「……っく、ぅ」


奴隷紋には、悪夢を見せる効果がある。奴隷紋と奴隷の首輪が指す「奴隷」とは、人間のことだ。人間に安らぎの時間など必要ないということだろう。


「起きろ」


レジナルドはゆずの額に手をかざし、小さく呪文を唱えた。太陽光が手のひらから放たれ、ゆずが身じろぎする。


「ゆず」

「ん……ぁ……ゃめっ」


目を覚ましたゆずは、体力の限界を超えてもがいた。身体に絡まった毛布にパニックを起こし、レジナルドの影に怯える。


「ゆず、ゆず。落ち着け」


レジナルドは、震えるゆずを柔らかく抱き留めた。右手を血がにじむほど握りしめ、左手でゆずの背中をさする。細い。柔らかい。力が弱い。声が高い。折りたい。潰したい。


「レジ、ナルド……? あっ私、ごめんなさい、痛くなかった……?」


痛いはずがない。謝るようなことではない。理性をギリギリで保ちながら、レジナルドはサイドテーブルに置いていた椀を手に取った。


「気にするな。食事は取れそうか?」

「ん……ひっく、ぐす、ごめ、ごめんなさい」


夢の中で、拷問を受けた。酷い言葉をかけられた。誰も助けてくれなかった。助けを呼ぶ喉を潰された。怖いと、言える相手などいなかった。起こったほとんどは、夢ではない。


「こわ、怖かったぁ……怖かったよぉ……」


袖に縋り付いてくるゆずに、レジナルドは奥歯をギリリと食いしばった。噛みつきたい。


「私の傍らは安心だ。ほら、口を開けろ」

「ひっく、うう、……あー」


無防備に口を開ける姿はまるで雛鳥だ。匙を持つ手に力がこもる。このまま喉を貫きたい。


「ん、むぐ……初めて食べる味……おいしい」

「そうか」


2秒の沈黙。


「えっいやいや、自分で食べるよ!」


ゆずの手から椀と匙を庇いながら、レジナルドはどう説明したものかと考えた。言葉を選び、諦める。


「奴隷紋を付けられた者は、自分で食事を取れない」

「……え」

「主人に……今は私に、こうやって食べさせてもらわなければならない」

「どう、なるの」

「胃の中身をすべて吐くまで激痛が続く」


5秒の沈黙。


「そ、か」


泣き疲れたゆずは、相応の反応ができなかった。


「私、一人じゃ生きられないんだ」


そっかそっかと小さく笑う。その頬を、静かに涙が伝った。レジナルドは口元が緩むのをどうにかこらえていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ