第10話 コレクション
悪夢に怯え、熱に蝕まれるゆずは、壊したくなるほどに弱々しかった。じっと傍らで見守っていたレジナルドは、ついに耐えられなくなり、自室に戻った。手を伸ばしたのは、枕元のぬいぐるみたち。
「儚い、か弱い、小さい……」
一言呟くごとに、ぬいぐるみを千切り、破り、穴をあけ、燃やし、投げ捨てる。レジナルドの趣味は、ぬいぐるみを集めることではない。ぬいぐるみのように愛らしい物を壊すことだ。
「細い、柔らかい……」
魔王という立場は、感情を表に出せないことが多い。だからこそ、こうやって愛しい物を愛でているのだ。だがゆずは、このコレクションに入れる訳にはいかない。魔界のためにも、私物化するわけにはいかない。テディベアを抱きしめたゆずは、奥歯を噛み砕くほど欲しかった。
「壊さなければ、構わないのか?」
綿と布切れと灰を魔法で元に戻しながら、レジナルドは考えた。少しだけなら……。
「レジナルド。魔王様。おーい」
ノックで現実に引き戻された。声の主はクライヴだ。レジナルドは、散らばるぬいぐるみをそのままに、重厚なドアを開いた。
「ああ、やっと開けてくれた。ほら、ニンゲンさんの食事ができたよ。駄目じゃないか。傍にいてあげないと」
「ああ、助かる」
「僕は回復薬を作りに戻るから、ちゃんと見ていてあげてね」
「分かっている」
クライヴは、視界の端のぬいぐるみを見ても、何も言わなかった。何をしていたのかも、その理由も、知っている。
「いいんじゃないかな。コレクションに入れても」
「たわけ。壊れたら戻らないだろう」
「治してあげるよ。データを取らせてくれるなら、協力しよう」
人形のように軽くて脆いのに、ゆずには命のぬくもりがあった。だからこそ壊したい。だからこそ守りたい。
「……お前の手を借りるのが癪だ」
「まぁ、気が変わったら教えてくださいな」
レジナルドはその言葉を無視した。受け取った椀の中身は、具沢山のスープだ。ひらひらと手を振って立ち去るクライヴを見送って、ゆずの部屋をノックする。一拍置いてドアノブを捻り、部屋に立ち込める魔力の濃度に目を見開いた。ゆずが悪夢を見ているから、それに伴って魔力が生成されたのだろう。
「ゆず」
「……っく、ぅ」
奴隷紋には、悪夢を見せる効果がある。奴隷紋と奴隷の首輪が指す「奴隷」とは、人間のことだ。人間に安らぎの時間など必要ないということだろう。
「起きろ」
レジナルドはゆずの額に手をかざし、小さく呪文を唱えた。太陽光が手のひらから放たれ、ゆずが身じろぎする。
「ゆず」
「ん……ぁ……ゃめっ」
目を覚ましたゆずは、体力の限界を超えてもがいた。身体に絡まった毛布にパニックを起こし、レジナルドの影に怯える。
「ゆず、ゆず。落ち着け」
レジナルドは、震えるゆずを柔らかく抱き留めた。右手を血がにじむほど握りしめ、左手でゆずの背中をさする。細い。柔らかい。力が弱い。声が高い。折りたい。潰したい。
「レジ、ナルド……? あっ私、ごめんなさい、痛くなかった……?」
痛いはずがない。謝るようなことではない。理性をギリギリで保ちながら、レジナルドはサイドテーブルに置いていた椀を手に取った。
「気にするな。食事は取れそうか?」
「ん……ひっく、ぐす、ごめ、ごめんなさい」
夢の中で、拷問を受けた。酷い言葉をかけられた。誰も助けてくれなかった。助けを呼ぶ喉を潰された。怖いと、言える相手などいなかった。起こったほとんどは、夢ではない。
「こわ、怖かったぁ……怖かったよぉ……」
袖に縋り付いてくるゆずに、レジナルドは奥歯をギリリと食いしばった。噛みつきたい。
「私の傍らは安心だ。ほら、口を開けろ」
「ひっく、うう、……あー」
無防備に口を開ける姿はまるで雛鳥だ。匙を持つ手に力がこもる。このまま喉を貫きたい。
「ん、むぐ……初めて食べる味……おいしい」
「そうか」
2秒の沈黙。
「えっいやいや、自分で食べるよ!」
ゆずの手から椀と匙を庇いながら、レジナルドはどう説明したものかと考えた。言葉を選び、諦める。
「奴隷紋を付けられた者は、自分で食事を取れない」
「……え」
「主人に……今は私に、こうやって食べさせてもらわなければならない」
「どう、なるの」
「胃の中身をすべて吐くまで激痛が続く」
5秒の沈黙。
「そ、か」
泣き疲れたゆずは、相応の反応ができなかった。
「私、一人じゃ生きられないんだ」
そっかそっかと小さく笑う。その頬を、静かに涙が伝った。レジナルドは口元が緩むのをどうにかこらえていた。




